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戸中井三太のポエポエ日記


戸中井三太ブログ「ぽえぽえ劇場」はこちら

その1 2000.01.14 年末年始 その2 2000.02.04 遺伝子戦略
その3 2000.03.08 Slow Sand その4 2000.04.08 簡単な芝居
その5 2000.05.13 流木ゲット その6 2000.07.04 夏が来て
その7 2000.09.20 3・2・1バンジー その8 2000.11.20 ボリス・ヴィアン
その9 2001.04.09 なまこんべ その10 2001.06.17 仙台
その11 2002.04.17 ゲームと漫才 その12 2002.09.12 建設について
その13 2002.11.23 笑い その14 2003.5.5 新作、蕎麦談義
その15 2003.6.19 舞台は無機的な印象に作られて その16 2003.12.24「ミジンコ」が終わって
その17 2004.7.6 鳥三題 その18 2004.7.11音楽やなにか
その19 劇団に入りたい その20 劇風について
その21 いきていないということぽえぽえ その22 天体ぽえぽえ
その23 そんな感じぽえぽえ その24Sand*glasS
その25 ライフ・ゴーズ・オン New!
2006.6.20

 仲のいい友達に、飲み屋で芝居の話をする感じの文です。俺と仲の悪い人は読まないようにね。

 前回の「そう言うだろうと思った・・・」も喜劇。まあ、コメディーですよね。・・・・そっかぁ、コメディーって、そうかもね、意外と狭い意味で使われている言葉なのかも。「裏切ればいいじゃん」に関して、パンフその他の「コメディー」っつう表記から、誤解・混乱を招いたみたい・・?謝りませんけどね。がはは。がはははは。

 コメディーですよ。コメディー作法というものにも、別にこれと言った規定があるわけじゃないんで、作者がコメディーだって言ったものがコメディーだし、お客様がコメディーだと思ったものがコメディーですね。でもまあ、それじゃあ話が茫漠とする一方なんで、ちょい補足すると、例えば俺は自分がコメディーの意識で本を書く時は、たぶん普通、どんな作家でもそうだけど・・・ギャグを禁じます。そこに一番神経を使うなあ。役者が客席に向けてギャグを発するようなことは、ありえないことですよね。ビミョーな線で、登場人物が登場人物に向けてギャグを、ってのは状況次第。それでも、それがギャグのためのギャグに思えて来たり、あざとい印象がちょっとでも出てくれば、カットせざるを得ないでしょう。コメディーを意識すると、自然ここはシビアになります。乗り突っ込みなんかは、今は日常多くの人がやることだから、このキャラがこのタイミングでやる分にはアリだろうとか、これ以上狙うとネタになってしまう、とか。ネタっぽさ・ギャグっぽさは、物の分かる人ほど嫌いますからね。怖いですよ。でも、自分も含めて役者は結構そういうことやりたかったりするから怖い怖い。

 局面によって人生が悲劇に感じられたり、喜劇に感じられたりしますよね。コントみたいに感じられる時もある。悪い冗談や変な夢だとしか思えない時もある。舞台の種類って、ダイレクトにそういうところ、人生とか世界とかを、どうとらえどう切り取るかから分かれて行くんですよ、きっと。

 で、同じシチュエーションを、悲劇と感じる人もいれば喜劇と感じる人もいる。このせいで話はまたビミョーに。そうなんです、ジャンル分けが無効になるわけです。でもまあ、それじゃあ話がまたまた茫漠とする一方なんで、ちょい、強引なこと言うと・・・。生きてるといろんなことあるじゃん。恋が実ったり、友達が死んだり、ヒラメがうまかったり、借りたもの返さなかったり。それをトータルで肯定するのがコメディーの力。ということだと思いますよ。では、否定するのがトラジディーかというと、それはおそらくそうじゃない。違う。絶望的な状況を描きながら、とても大きな視点で人間肯定をする力を悲劇は持っています。いくらでも例を挙げることができますが、俺がやらなくてもいいことですよね。みなさんの心に浮かんで来たいくつもの舞台がそれです。

 芝居ってのが、そうなんですよ、たぶんの話ですけど。よくも悪くも生きてる間は人生は続く。人はそうやって生きたり死んだりする。誰かが死んだって次の人が生まれてくる。芝居ってのは、そんなことを表すんでしょう。だからやっぱり、最後はジャンル分けが無効になる。

 今はかなり肉体的な自由な感覚で、こんなことを思っているわけですが、若い頃は理屈で考えた。そして何もわからなかった。まあねえ、愚かでしたよ。

 でも、すごくうれしいのは、こんな自由なオッサンがつくる勝手自由な芝居を、小学生から85歳までが「面白かった。」といってくれることだなあ。そうじゃない人?・・・知らない。うははは。自由。

 でだでだ、次のカタコンベは・・・実はSunny Sideというコント・チャンネルの公演なんですよね。コント。これがまたジャンルとしては複雑で、俺の中の解釈ではメタ・コメディーでありメタ・トラジディーになります。メタというのは説明できない言葉です。説明を拒否する言葉です。概念を積み重ねて外堀を埋めることはできるんですが、実体がないので、手っ取り早く「チョー」だと思って下さいね。ハンニャーズさんなんかだと、メタ・メタ・コメディーがメタ・トラジディってメタ・コメディーに・・・もう自分でも何を書いているのかわからないけど、そんな感じ。

 コメディーは笑いを目的にしません。あ、まだわかりにくいかも知れませんが、ここは重要。コメディーは笑いを取るために作るんじゃない、です。まあ、お笑いブームでしょ。俺もお笑い大好きですけど。このご時世、コメディーって聞くとお笑い芸人がやるようなギャグ・ネタで構成された芝居のことだと思う人がいても、それはある意味当然の流れですよね。しかしです、一演劇家としての良心から再び書きますが、コメディーというのは笑いを目的とする劇のことではありません。まあ、さっき書いたように、人生の切り取り方のことですから。「裏切れば・・」の稽古でも、「終演まで、笑いが一つも起きなくてもいいの、この舞台は。」と、はっきり役者に言いました。

 でも、コントは笑いが目的になります。で、ここでフランス語のコントの語義に行くと、また話が、ややこしくなるので、ここでのコントは日本語です。はい、コントは日本語です。さて、コントになるとギャグが解禁され、ネタがアレします。つまり、お客様には笑いに来てほしいし、こちらも笑ってもらうことを至上目的とする・・・という契約が暗黙裡にあってチケット売買が行われます。
 
 こういうジャンルに関する話は、結局色んなことを単純化してしか表せないから、この文章はまた新たな誤解を生むこと必至なんですが、そういうのは、そういうもんだからしょうがないの。自由。

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2006.1.11

 「ああ、この子明るいし、やる気もある。まわりにも気配りできてるし、大人だなあ。」とふと、その子の腕には無数のカット痕。仕事の関係で色々な場所で色々な子供達と会うんだけど、こういうことが、最近じゃ珍しくない。

 三十代四十代は、ある意味豊かなそしてまだ牧歌的だった日本で生まれ育って、神戸の事件を経験したのもニューヨークの事件を見たのも、一応の自我形成が済んだ後。俺は宮崎勤の事件の時既に24歳だったから、人格形成に受けた影響はそれほどでもないだろう。でも、あの事件がなければ、俺たちの世代はもう一つ古い型の日本人でいられたんだろうな。

 世界は、何かが起きた後は、それが起きる前とは違う世界になる。当たり前のことなんだけど、俺が本当にそれを理解したのは神戸の事件が起きた時。32歳。そんなことに気づくにはずいぶん遅い歳だけど、その時それが分かって、しばらく絶望していた。

 今、日本中で子供がよく殺され、地球上で戦争をしていない時がない世界で、子供達は、それをふつうのこととして受け入れている。というか、人間は基本的に起きたことを受け入れるように作られていて、そうじゃないと逆に生きられないと思う。だから、今の子供達と俺たちでは、自我を作りながら受け入れてきたものの質が全く違う。

 考えてみれば、俺たちの世代はちょっと奇跡的にラッキーだった。戦争の後に生まれて、日本人の心性に急速な都市化が進む直前までに育ったんだ。

 俺は通り魔かなにかに明日殺されるとしたら、死の間際に「なぜ」って、思う、たぶん。けど、今の子供達が誰かに殺される時に「やっぱり」って思ったとしても、そんなに不思議はないんじゃないか。

 Sand*glasSは未知の面白さをはらんだ舞台だった。初めて赤テントを見た時のインパクトに似てる。Fullmoonmも、そうだったけど、演劇を「何に」使うかっていう感覚が俺と違う気がする。が、まだ・・わからない。でも、面白い。自分たちの「神話」を作っているのかも。それが狙いでも願いでもなかったとしても、芝居というのは、もともと神事だったりするわけで、効能じゃないけれど、演じるものとそれを見た者を救う機能を持っている。「いいカタストロフ」って、それだ。俺は前述のように彼らとは違う世界に育ったので、彼らを・・・同世代のように理解することは、多分、できない。理解しようと、激しく望み続けるが、それは無理なこと。ああやって、彼らが、一つ強くなるのを見守ることはできるので、それをさせてもらう。

 なんか、つい、カタコンベの二十年を振り返った。「死人と踊れ」「街」「そういうだろうと思った」・・そういえば俺だって、自分を救うための「神話」作りを延々やってるんだ。

「例の掲示板」等で多くの評が出たことがSand*glasSのパワーを証明してたな。ある意味文明と文明の衝突か。

 個人的な感想だけど、O氏の批評が圧倒的な洞察とバランス感覚で、いつもながら美しかった。俯瞰しつつ「そこだっ」というところを次々にクリックして開いていく。
 S教授はバスを追いかけた。素敵すぎるぜ。

 色々な意味で、テンションの乗った言葉をかけてもらったのだと思う。しっかり受け止めてくれることを願う。

 酷評系の中には、初めから趣味のフィルターがかかっていて、評としてどうなの?・・というものもありましたがぁ・・まあ、酷評の多くはそういうものか・・・でも、評者は、笑えるくらいにSand*glasSの土俵に引きずり込まれていたなあ。てか笑った。でも、あんなこと書かれて凹んでんじゃないのぉ、とか心配して劇場に行くと、今日は何をしようかって生き生きと舞台に向かってる。まあ、彼ら自身が既に気づいていることを言ってくる・・母親?みたいなものも大事でぇ・・・いゃ、微妙。どうも意地の悪い言い方になっちゃうけど、嫉妬かなあ。俺が言いたくても飲んでる言葉「その展開には説得力がない。」「そこはこう書き直せ」とか、立場的には言えるのかもしれないけど言ったら全てが無意味になる言葉。それを言われて妬いてんのかも。ちょっと違うか。違うよ。
 
 でもね、俺はそういう評が出てくるのもかなり楽しいのです。・・・ほんとだってば。ほら君、今疑ったでしょ。とりあえず切符切っとくからね。えーじゃないよ。

 舞台と同じで多様性は重要。ただ、冗談じゃなく、今後、「批評の対象になり得る批評」がもっともっと増えるといい、それは新潟にとってかなり重要。

 はぁー。俺もたまに依頼されて評みたいのを書くはめに陥るんだけど、初期の内省を上手に実行するのが一番困難、と言っても何のことやらだと思いますが.要はその舞台を見て自分の中で何が起きたかを、できる限り客観的に把握しなけりゃならない、それもなるべく早く、ということです。その大事な時に、感情が働きすぎていたり、なんか姿勢にこわばりがあったりすると、タコるんですなあ。趣味が割り込むから自分寄りになることを巧く弁護しようと一般化を行うと理屈になるんでちょい痒い気していろいろこねくってへめらべ。もうそのテの依頼は受けません。

 で、せっかくなので、演劇批評についてもう少し。

 二十歳くらいの時に、あの超有名な評論を読んで、モーツアルトを聞いたような気分になったっす。著者の中で動いた感動を、読者の中に一回性の再構築するようなスリリングな文章。「一回性の」というのは、それでその感動力が読者の身に付くわけじゃなく、あくまでも疑似体験をさせてもらう、という感じ。感動を疑似体験させてくれるという力は、絵画に一番似ていると、俺は思うの。俺だったら「ほお、きれいだな」で済んじゃう景色が、才能ある画家の目にはものすごく感動的に映った。で、その画家は絵にその感動を描く。俺はその絵を見て感動する。

 人と感動を共有したいという思いや、少し特殊だけど鋭い感性を持った者の孤独。力のある絵や、美しい評論から、そういったものを感じたことって、誰でも少なからずあるでしょ。

 演劇評も、基本はそこだと思うんです。批判・批難が駄目とかそういうことじゃないですよ。その文章で他者と何かを共有しようとする欲求があるかないか、です。「おもしろかったー」「ねー」、「つまらなかったー」「ねー」っていう気持ちのこもった一言ひとことを、文章で超えようとしたらホントに大変な作業ですよ。や、ホントに大変ですよ。それが、どうも多くの文章が一方的な発信で終わって、しかもそれで満ち足りている。または・・・ただ悶々としてる。
 新潟では一番早くから演劇評を試みている人の「批評は愛だと思っている」という言葉は説得力ありますね。もちろん自己愛じゃないし、演劇に対する愛なんていう漠然としたものじゃない。
 
 全然ね、印象批評でいいと思うんですよ。え・・・大丈夫だよー、前までと矛盾しないよー。ホントはちょっと矛盾するよ。ふん。

・・・好き嫌いとか、趣味だ趣味じゃないとか、まあ、そのスタンスから言葉を出す・・みたいな、それがいいと思うんです。たとえば「例の・・・」の「一行」だったら、チャット感覚でいいんじゃないかなあ。「またみにいきます」「いまいちでした」「役者が良かったです」「しゅみにぴったり」「わたしのしゅみじゃない」・・・コレで十分。絶対にリキんじゃ駄目だと思うなあ。小学生にも中学生にも、おじいちゃんにもおばあちゃんにも書いて欲しい。

 一方「一ページ」には襟を正して呼吸を整えて、他者の共感が得られる可能性を追求する孤独な人にも多く登場して欲しい。
 
 俺はあくまでも芝居を作る側の人間なので、こんなこと言わせてもらいますけど、俺らが二ヶ月で作るヘッタクソな芝居と、誰かが一時間で書くヘッタクソな文章が秤にかかる場なわけじゃないんだよ、きっと。・・・新年早々物騒な言い回しだよね。でも、そう、絶対にね、もっと面白くなる可能性がある。例えば俺がここでこんなクソ文章書くのに使う力は、舞台に一秒上がる時の何百分の一の力だし、「勇気」と言ったらゼロで済む。

 わかるよね、時間かければいいとか言ってんじゃないこと。それに、立派な評論を書けっていってるわけでもないってこと。

 他にも、って、このページ内で言っててもだけど、「一ページ」に、もっとラブレターみたいなものが出ちゃえばいい。これぞ究極の印象批評、「好きだからー」って。そういうプラスの気持ちをポーンと出せる人が出てくると活気づくんだろうなあ。そういう多様性。今は、なーんか、不自由だなあ。苦言とか書いてあってもそれがクソその他の足しになる空気じゃないなあ。・・・ちょっとクソが多いか。申し訳ない。

 ・・・実は昔、新聞紙上で劇評を書かないかといわれたことがあって、考えたー。考えたー。もうね、生まれついて解説評論大好きで。でも、それするんだったら芝居やめないと駄目だって結論が一晩で出たからやらなかった。自分で作ってる暇なくなるじゃん。で、今はまわりの人間に小説映画演劇絵画写真事件料理の批評を垂れ流してます。強制的に聞かせてます。迷惑な人間なのです。
 今も文学評論とか写真評論とか憧れですけどね。もうただの憧れだ。勉強もしない。
 あっと、外から勝手な物言いみたいで恐縮だけど、ちょっと気になってたので、この機会にぽえぽえっと 失礼!
 読んでくれた人だけ考えてね

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2005.12.9

 オープン参加で芝居を作るなんていう、「カタコンベ初」どころか、考えようによっては、「カタコンベらしくもない」企画。どんな応募が来るやら、ドキドキだったけど、参加希望者による第一回目の顔合わせで、なんか、イケルって思ったな。
 その顔合わせの日程を、「オーディション」の案内として通知したんだけど、これが実は大反則。この企画をリリースした段階から、一度もオーディション的な「選別」をするとは謳わなかったんだよね。やりたい人集まれっていう感じで。実際最後の最後まで来た人は全員参加してもらうつもりだったし。
 通知文書の下書き段階で「オーディション」という言葉が加わった時に、「それは違う」と思いつつ、許可しちゃいました。反則承知で。
 
 やっぱり数名は会場に来ませんでした。そりゃそうだ。「オーディション」ていう言葉って、ものすごいハードルでしょ。俺、そんなの受けたことない。こわいもん。でも、来た人たちはみんな、その時点で、輝いてたし、とにかく気持ちがあった。芝居って技術や経験の前に気持ちでしょ。・・・初っ端から反則技ですわ。ただ、「この人たちとうちのメンバーが同じ舞台に立つのはどうなの?」って考え始めたのもその時で、うん、オーディションていう言葉を使ったら、現メンバーはその分の気持ちを持ち得ない。今回役から外れても次があるのはいつも通りだから。
 結局、最初に自分が犯した反則に対して潔癖でいられた点、今、ほっとしてます。色々な誘惑は、そりゃあったんだけど、多分、通さなきゃいけない筋だったんだと思う。こういう勘が狂うと、舞台って全部がなあなあになって、芯がぼける。

 地味な舞台でしたよね。「舞台からケレンを取り除くこと」が、目的かっつうと、そうではないんだけど・・・なんか、そんな感じだよね、まるで。ケレンてわかりにくいし意味あいも広い言葉だけど、俺としては、演劇味みたいなものを。音楽がドドーンと使われ、舞台機構を生かしたダイナミックな展開があり、照明そのものがスペクタクルを生み出している。ような。
 そういうケレンから自由になりたいと、思い始めたのはずいぶん昔。たぶん、住吉会館でやっていた頃に初めに意識した。「言葉と役者でいいんじゃない?」って。・・・でもねぇ、不安が大きいじゃない。ケレンは保険、大事な保険、てとこあるさあ。真っ裸で舞台に立つのは怖いでしょ(比喩)。怖いから、やっぱりゴテゴテと芝居をツクル。ツクッタ。
 今はね、うん。よーし、だんだん自由になって来た。スタイルは自分の中から生まれてくる、あふれるなにかの結果。「こうでなければ」ってのが、今、ない。
 すっげ基本的なところから、自由でさ、客席に対して体を開いて立つって誰が決めたの?それって、大事?プラマイで考えたらマイナスにならねえ?舞台上の関係が鈍らない?
 声だってさ、全部聞き取れなくたっていいわけでしょ。
 物語は目的にしなくていいし。
 演技は押さない方が気持ちいいでしょ。感覚がそこにスッて立ってればいい。迫ってこられても、どう?
 この自由さは・・・年を取ったせいだ。若い時は、そりゃもう、いろんなものに縛られてるものさ。目標はおばさん的自由・・・いやいや、それは違います。もうちょっとデリケートな自由だよ。

 それでも、今しばらくは不自由との戦いか。役者は何度言っても体を開くし、気づくと自分もそうしてる。ハッキリ分かるストーリーがないと満足しないお客さんもいるし、バーンと迫力で押される以外にカタルシスを得られないお客さんもまだまだ生き残ってる。コンディションによっては自分もそう。安易に感動を志向する自分もうっとうしい。
 そしてその時のフリー・スタイルは舞台に上がった瞬間にスタイルになるっていう宿命がある。ああ。
 
 計画として、カタコンベの芝居を大きく振っていこうと目論んでんです。既に街シリーズは遠い昔。パンクなカタコンベを知らないお客さんが大多数になりつつあるけど、あのノリが俺の中で死んだわけじゃない。音楽に例えたらアコースティックなものとパンクなもの、交互にかどうかはわからないけど、どちらもやっていこうと思ってます。一本の芝居の中でシームレスにやっちゃうかも。どちらにせよ、役者は大変。俺は両方自分だからいいけど、役者はそうはいかないもの。

 話を「そういうだろうと・・・」にもどします。役者が演技だけに集中できることというのは、アマチュア環境ではなかなかあり得ない。今回は、それに近かったかもしれない。舞台上の一瞬一瞬に魂を入れる作業こそが芝居作りな訳ですが、その点かなり充実してました。こう考えると、人数というのは一種のパワー。やれることが増えるものです。
 役者は全員外部からだったけど、カタコンベ・メンバーのスタッフ・ワークはなかなかのもんでした。舞台に上げなかったフォローじゃなく言うぜ。
 こばや☆スと赤塚の装置がゲロビシッと決まったなあ。日常的なシーンを扱う芝居は力に頼れないから、ものすごくシビアな虚構感覚が働いていることが重要。どんなに自然でも日常より面白くなきゃいけない。日常じゃないんだから、日常決してやらないことがその虚構世界では自然に行われるわけで・・・。
 よく、稽古場で、こんな言葉が聞かれます。「人間、そうはしないでしょ。」と、この言葉を口にする脳みそからは上質のリアリティーは生み出されないですよね。俺もよく言っちゃうんだけどね・・・。これは、虚構を成立させようとしているのだということが理解から外れた時に言ってしまう言葉です。特に日常的な芝居を作ってる時にハマりやすい思考の罠。どアングラでもミュージカルでも芝居は芝居、一緒なんですけどね。要するに「人間が今までしなかったようなこと(人間の可能性)を、いかにリアリティーを持って舞台に上げるか」という、芝居の究極の目的と存在意義(まあ、俺の思い込みかも)、これが、ちょっと日常的な芝居を作り出した途端にどっか行くのかな。「日常やることだけで演じなきゃいけない、という錯覚」に陥ると・・・また不自由が始まる。そんな貧乏な芝居はいらなーい。いらなーい。
 で、あの装置。街灯も木も、本物であってはいけないわけです。そして、舞台の上でリアルでなければいけないわけです。
 音効・照明も、オペの二人が俺の間を心得ていたのには驚きでした。最小限の指示でシーンを決められた。複雑な操作は無い分、間が大切だったわけで、ほしの・麦森は初仕事としては上々の首尾。隙のない仕事でした。
 内輪の話でしめます。

 新潟・仙台と二都市公演無事終了。
 参加して下さった皆さん、所属の劇団の皆さん、そして、ご来場くださった皆さん、本当にありがとうございました。

さて次だ。そんな感じ。

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2005.8.25
 HP表紙の写真は、有名なM31アンドロメダ星雲。ちょっと上に偏ってっけど、あれはHP制作者がなんかあんなふうに載せちゃっただけで、元はちゃんと真ん中に写ってるんだよ。

 あの写真は角田山と弥彦山と海に囲まれたところ、角田山登山道からそれた道がブツっと終わるところで撮ってきました。

 なんでそんなところに行くかっていうと、暗いから。うん、そうだね、確かに性格も暗いけど、問題は空の暗さなのね。あなたが小学生の時に行った笹が峰キャンプ場で、近隣の牧場から漂ってくる強烈な牛臭に酔いながら見た星空がすばらしかったのも、あなたが去年会社の納涼会で行った五頭温泉で、前からちょっと狙ってた新人のA君を宴席から拉致して「お姉さんみたいな年上ってどう?なんてね」とか言いながら無理矢理一緒に見上げた星空がものすごかったのも、それは、空気が澄んでいたからでもあなたの心が澄んでいたからでもなくて、空が暗かったから。
 町中の空は、一年中白々してて、星の数が少ないんだけど、まあ、街灯、パチンコ屋、信号、ビル、工場、あれだけの明かりが点いてちゃ、そりゃね。明るい空では、背景の光に星が埋もれてしまうのです。背景って、星の方が遠いのに、これは地と模様として考えたわけだな。

 で、暗い空・黒い空を求めて彷徨うわけです。地図を見て、市街地からの距離を見ると大体の状況は想像がつくので、あとは現地に行って、より暗い場所を探します。暇があって天気と月齢がばしっと合えば、完全な山の中まで遠征したいとこだけど、なかなか。稽古が終わったあととかで行ける場所となると限られてきます。

 その角田山の麓は、近場では今のところ一番かなあ。山が近いので少し空が狭いのと、巻と新潟の明かりの影響が少しあるのが気になるけど、北から西にかけては海なので、そっちの空はなかなか。セッティング中も撮影中も、膝をついたりする姿勢が多いんだけど、なんか、そこ、やけにダンゴムシがいっぱいいて、ジーンズの膝に平べったい虫がやたらくっつきます。元々平べったい感じのやつがより平べったくなってくっつきます。ちょい汁。気にしないよ。
 新潟から離れればぁって、そこを超えて天領の里方面まで行くと、柏崎と長岡の明かりの影響がでてくるので、そこがちょうど。

 月齢と書いたのは、月の写真を撮るからじゃなくて、星を狙うには何よりも月が邪魔だから。どんなに暗い空も、半月よりも太い月がちょこっとでも出てこようもんなら台無し。月が好きな人はいいよなあ。いや、月が嫌いというんじゃないけど、趣味が星雲星団、そして星野なもので。ホシノじゃなくてセイヤです。天の川とか星座とか、そういう広い範囲を星野といいます。ホシノじゃなくてセイヤです。だから、月齢と月の出・月の入りは常に一週間分はイメージしておきましょう。いつ晴れた日が来るか分かんないんですよ。

 暗い場所、街灯も人家もない場所。ホントに真っ暗だけど、星がきれいだと興奮してうれしくて、怖いってことはない。狸とかけっこういるから、近くの薮でガサゴソすると一瞬身構えるけど、まだ熊が出るほどの田舎には行ったことないし、平気・・・だけど、怖いのは人。そういう場所に人が来るとドキドキする。釣り人とか、そりゃ来てもおかしくない場所なのに、真夜中に自然の中に現れる人間て、なんであんなに怖いんだろう。

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2005.8.25
ちょー遅ればせながら「いきていないということのほかは」について。

 脚本のビジョンが見えた段階で、「ああ、問題作だ」と思ったんです。同時に「ああ、おもしろい」と。真理子と浩一という別の時空に住む二人が、出会う。一つの言葉で出会う。話はその一点に向かって流れていると言っていい。二人がそれぞれの記憶をたどりながら、偶然同時に「かわいかった。はつかねずみ」と呟いて同じ記憶に行き着くと、しばし時空が接触して、お互いの存在を感じる。ただし感じるだけ。見えない。聞こえない。演出上見えそうにも聞こえそうにもなるというはこびにしたけど、でも、見えない。聞こえない。

 「ああ、おもしろい」と「ああ、問題作だ」が、このビジョンから。こんな出会いは繊細すぎて、そこにたどり着く運びからは徹底してケレン味が省かれてしまう。演劇的な旨味に寄りかかると全部失敗する。非常にストイックにならざるを得なかったんですよね。ケレンの多くはサービスではなく、やる側の保険ですからね。

 だから役者には本を渡す段階で「今回のメインは俳優」だと、宣言。「脚本のストーリーはあなたをサポートしませんよ」という意味ですわ。「とにかく自分の中から言葉を生み出してくれ」と懇願もしました。

 謎のない戯曲。一読で全てが分かる戯曲。思わせぶりは大嫌いだけど、ここまでガラス張りなのも、やっぱ怖い。
 結果は上々。そして怖かった。リズムで運べない台詞を言う怖さ。一つ演技を入れると連鎖的に演技をしなければいけなくなるという怖さ。演じた役者から負けて行く芝居だったから。・・・幽霊の役をやっていて怖いというのも変な話。

 ゲストが素晴らしかった。いや、素晴らしいから呼んだんだけど。きれいな自然体でコトバを揺らして、意味もニュアンスも固定しない。固まりかけると、彼女からその場を離れて、またコトバを揺らす。いつのまにか揺れが飽和して大きな感情が場にあふれているけれど、それをデザインするのは彼女以外の誰か、何か。また同じ舞台に立てる日まで、修行だ。

 家族の気持ちを中心に書いたんですが、昔からの俺のメイン・テーマですね。恋愛をテーマに書いたってのは、実は今までほとんどなく、どちらかというと家族の中のドラマ、社会と個の関係のドラマが多いですよね。

 死ぬこと自体は、どういうことなのかよくわかんないし、だから怖くないけど、とにかく嫌なのは人に会えなくなることです。それはホントに恐怖です。もう多分二度と会わない人とだって、生きてればどっかで会うかもしれない。少なくとも確率はゼロじゃない。おそらく「生きている」ということは、食べたり寝たりすることではなくて、「まだ人と会う」ということなんですね。俺の役は死んでいて、まだ生きている姪と「遊びたい」言います。それが不可能だと知っていても捨てきれないどころかあふれてくる気持ちなので、真実っぽいと思いました。死と生の壁で隔てられても残る気持ちを、この芝居の人物達はそれぞれ口にしています。生きている側から死んだ人を思うのよりも気持ちが強くなるように感じたのは、生きるための雑事で気を紛らわすことができないからかな。あと、設定として、幽霊にも寿命があって、じきにホントに消えたら思うこともできなくなるぞっていうプレッシャーがあったからかな。ともかく、不可能を承知で「思う」。あれですわ。「掛け値なし」ですわ。だもん、演技をしようなんていう、役者の助平心が働いちゃいけないわけさ。

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2005.1.21
一つのスタイルを突き詰めるなんて夢にも考えない・・・。飽き易い。ていうか、やりたいことが毎度違ってて、その時々の自分の欲求には素直に応じたいもんで、あなたが期待して見に来るカタコンベと最新のカタコンベは、いつもどこかズレてる。

 俺だって馬鹿じゃない。観客の多くが今回何を望んでいるかはわかる。これはわかる。観客を愛せる演劇家はみんなわかってる。でも、相手を愛してるからといって自分を殺さないところは、あなたと同じだ。
 
 演技のスタイルがずいぶん変わった。かつてはウマク演じたかったのでウマクなろうと頑張った。それに、舞台に立つ怖さをいなすために形に頼った。けど、今は自分を白けさせないことが第一。ウマク、と志向した瞬間に白けちゃう。醒めてしまう。一秒後に自分が出す声作る表情の計画が立った瞬間に「ウソクセエッ」と演技を捨ててしまう。とにかく舞台に立ってる間は瞬間瞬間が自分の中で「リアルに過ぎる時」じゃないと、むかつく。自分の中だけでいい。見ている人のことは、その後考える。後でまじめに考える。自分の中でリアルなものがグイグイ動き続けていれば、とりあえずは舞台を放棄せずに、テンションを持続できる。

 今俺が舞台に立つ上で必要とするのは、それだけかな。で、そのリアルな時間が、誰が演じるよりも振幅に富んだものじゃないといやなんだ。よくある写実的で平坦な芝居はクソだ。無計画でリアルな時間の中をパンクに生きてる時が、最高なの。ものすげく気持ちいいの。

 役者が泣くと客が泣けないから、どんなに悲しいシーンでも涙は寸止め・・・と、教わったし確かにそうだと思ってたけど、関係なくなっちゃった。悲しい時には泣く。止めどなく涙を流す。おかしい時は笑う。でへでへと、だらしなく笑う。だってその役は悲しいんだもん。だってその役はおかしいんだもん。今思うことは、やっぱり、役者が「役と観客の間」に立ってると邪魔だっ、てこと。「この役は今こういう状態にいるので、こういう演技が必要だと思うんです。」的な演技。あああ、そんなんだったら脚本読んで、頭の中でもっとナマっぽい人間に、「ただ流れる時間」を生きてもらいますよ。役の解説をするような芝居を見て「うん、あの役者はなかなかやるね。」なんて言う時代は、ベルリンの壁とともに崩壊。

 身ごなしと体の捌きの訓練に費やす時間は自然長くなる。だって、舞台の上をだらだらと生きたいんだもん。形を作って演じるなら、その形をすればいいんだけど、そうしないで、ただ、リアルに舞台上の時間を過ごすとなると、自分が持っている体の癖が演技の表面にどんどんでてきて、無駄な情報が増えすぎる。それを避けなきゃいけない。それにもちろん、すべての段取りはタイミング通りにこなさなきゃいけない。とても難しいから全然できないんで、訓練する。だから、日常での身体意識も、普段の稽古場でのトレーニングも、数年前とは全然違う。俺は40歳だけど、まだまだ完成した役者にはなりたくないし、幸い脳が子供なので、完成してしまう恐れもなさそう。これはホントにラッキーだった。俺、たぶん、変わる余地がなくなったと感じたら引退するもの。

 それで・・・とつながるかなぁ・・・ちょっと肉体改造を考えてるんです。五年前のように体が動かないんで。マッチョじゃなくね、腱だな。腱をピシッと作りたい。年齢を考えるとほっとけばこのまま落ちて行くのは確実で・・・。ここで、肉体派の看板を下ろすのは簡単だし、もともと目立ってなかった看板だし、いいんだけど、やだな。誰がなんて言おうと俺は体で考えるタイプの演劇家。外の世界から刺激を受けて皮膚や筋肉がイメージしたものを脚本に書いて演じる、というのが20年続けてきたパターンなので、簡単には変わらないはず。年齢という事情で変わるのは、どうだろう無自覚な衰えではなかろっか。老いに身を任す潔さが俺にあるならそうしてもうまくいくだろうけど、俺は多分ジタバタしながら、道を探るタイプ。もう一度筋繊維の一本いっぽんを見つめ直すことで何かが見えて来る気が・・。役者としてなのか脚本家としてなのか、わからないけど、テーマが見つかる気がするな。

 病気と筋トレって、似てる。身体の内省力を育む。皮膚のアンテナ性能がアップする。盲腸とかやると、マジでネタのストック作れるもん。入院して暇だからっていうのはあるけど、悪いとこがあると感じ方違うなあ。でも病気はなかなか自分の意志ではなれないから、すぐできるほうの筋トレからゴー。

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2004.12.20

 劇団選びのこととか、最近考えてて。別に俺が劇団に入るってんじゃなくてね。これから芝居をしようと思った人が、どうすればその人にあった芝居道を歩めるのかなあと、考えてて。

 もし新潟で芝居しようと思ったら、一年くらいかけて全部の劇団を見ればいいんだよね。その中に趣味に合うものがあったらそこでやればいいし、なかったら、自分で劇団作ればいい。まあ、面白い芝居がないから自分で作るしかないっていう感覚は結構重要。何かに憧れただけで、まるでフランチャイズみたいなことしてたら、スタートすなわちゴールだし。

 フランチャイズってのは・・・ちょっと思い切った例を出しちゃうと、全国各地に点々と存在する「タカラヅカ・チェーン」とか。俺は宝塚の舞台を否定しません。なんかすっげ個性的だし、残念ながらあの面白さにはまだ俺の感性は到達できないのでポカーンだけど、現実に多くの人々の心をつかんで、あれだけのビジネスになってるし、だったら宝塚は、俺の趣味判断云々とは全く次元を別にして「強い存在」なわけだ。だから俺はとても素直に「すげーなー。」って見てる。「モー娘。」なんかも・・・すげええええ、「もーむす」で変換すっと一発で「モー娘。」になるんだぁぁ・・「。」までついて・・・ビジネスである点や、支持者の数の多さとか、あらかじめワードに登録済みなこととか、もう、認めるしかないものね。

 でも、一方で、「タカラヅカ・チェーン」の方は、チラシを見るだけで辛く切ない気持ちになります。あのメイク・あの衣装で写真に写っている「華麗ではない女の人たち」・・・マジで、胸が痛みます。俺は思うの・・「ああ、その華麗でない様をちゃんと生かせば、味も魅力も出ようものを・・」

 憧れだけで・・流行りっぽく言えばオマージュだけでなにかしちゃうと、やっぱり人の胸を痛くするなあ。コピー・キャット的な精神状態が痛いのかなあ。

 「宝塚に入る」のではなく「宝塚のように振る舞う」
 「ロックスターを目指す」のではなく「ロックスターのように振る舞う」
 「物まね芸人になる」のではなく「物まね芸人のネタまねをする」
 
 ここまでひどくなくても、自分の表現を探すテンションがないんだったら、おそらく無理して芝居しない方がいい。そんな無理は無駄だ。とてつもなく無駄だ。金も時間もかかるし、いい仕事といい芝居を両立させて、なおかつ健康でいる体力は普通の人は持ってないし。あ、でも、仕事がうまくいくときは、芝居もしっかりできるし、駄目なときはどっちも駄目なもの・・・うん、うん。
 カタコンベでもちゃんと結果出すタイプの役者は、ゼッタイに仕事もしっかりやってる。昔からそうだなあ。仕事が50点で、残る50点を芝居で埋めようとする人は、当然だけど50点の芝居しかしない。どんなにセンスが良くても、可能性はあっても、それじゃぁねぇ・・・こちとらお客さんに申し訳立てなきゃならんのですから。

 「おおおお、あいつ150点だぁ。かっこいい。でも、あいつ、仕事もバリバリじゃん。かっこいい。」と、これがアマチュア演劇家の理想像というより・・・必要な姿か。超忙しいくせに台詞は全部入れてくる上に常に新しいアイディアを持ってあまつさえスキップで稽古場に来る。まあ、こんなことそうそう完璧にはできないけど、せめて目指そうっつうのが、「芝居で食ってない者の意地」だな。

 俺は、いかに手を抜きつつ見た目をそんな印象に仕上げるかに心血注いでます。
 で、もどってぇ・・とにかく芝居を始める人が知っているべきで、しかもまず知らないのが、芝居は嗜好品だということ。

 「タバコください。」
 「銘柄は?」
 「いえ、普通のでいいんですけど。」

 「クルマください。」
 「どのような?」
 「はあ、ちゃんと走れば。」

・ ・・これが、冗談じゃなく、わりとありがちなゲキダンエラビのかたちになっている気がするなぁ・・・悲しいけど。
 俺は最近、入団希望の人に「ホントにうちでいいんですか?」って言うことがある。「普通のタバコ。」を作ってるつもりないし。「走り方。」にもこだわってるし。

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2004.7.11

 やり始めたら意外とはまったのが音楽制作。「街シリーズ」三本のメイン・テーマを作ってみたり。前回の「そこに・・」も、全曲作っちゃった。サニーサイドの曲もずいぶん作ってるなあ。音楽の知識をかけらも持たず、ただ純粋な気持ちで舞台をイメージして鍵盤を打つ。すると音楽らしきものが・・・やべえ、いい加減過ぎ。もちろんコンピューターがなければできっこないんですが、コンピューターがあればできちゃうところが怖い。クオリティーはともかく、できるもん。音に厳しいお客様は、「最近のカタコンベの音楽はなんだかあれだな。」とお感じでしょうが、ありゃみーんな、俺の仕業です。

 完全にMIDIだけです、今んところ。MIDIってのは、簡単にいうとコンピューターが作り出す仮想楽器みたいなもので、MIDI音源とMIDIシーケンス・ソフトとがあれば、理論的には世界中の楽器ととりあえずの演奏者を自分の家に集めたような感じになります。ドラムもギターもピアノも琴もMIDIキーボード一つで演奏できます。ソフトの楽器一覧からペケって選択すれば三味線の音が出て、ペケってやれば、オケのストリングスが出る。でもって、無数の楽器を組み合わせ自由。とはいえ、俺は一曲に三楽器か四楽器くらいまでしか使わないけど。カタコンベの芝居の音楽は、音として充実しすぎてもいけなくて・・?・・舞台の隙間と音楽の隙間がククッとかみ合うくらいがいいから。

 一曲作るのに一晩かかっちゃいます。でもそれはまだ原型、本番まで微妙ないじりを入れていきます。多分ちょっとした素養があれば二時間でできるような作業を何週間もかけてやってるんだろうなあ、って、わかっててもね、好きなんで、やってます。一つの音の音階一つ、タイミング一つで、フレーズの色ががらっと変わるんですよねぇ。台詞と同じ。「が」が「は」に変わると・・・ってことです。なんか興奮して寝れなくなって、曲ができたときにはどうやってそれができたのかわからないこともしばしば・・・

 先日アップルのノート・パソコンを買ったらついてきたガレージバンドという音楽作成ソフトがなかなか面白くて、ループの組み合わせでいろんな曲調があっという間に作れてしまいます。もちろん出来合い感200パーセントなので、芝居では使えっこないんですけど、楽と楽しさは兄弟らしいぞと教えてくれます。アレンジ機能が充実したソフトも結構あるみたい。そういうのって・・んんん、どうなの?・・・って思ってたんだけど、やっぱ面白いんだろうなあ。でもまあ、俺が好きなのは、動かぬ指で鍵盤を押さえる四苦八苦の方。「稚拙でも何でもこれが俺」っていう自己愛なしに表現は成り立たず、脚本も演技も最後は自分を愛せるくらいに苦労しなきゃいけないんです。そうなんです。ああ。そうなんです。がんばります。

 コンピューターで音楽を作ることをDTMというんですが、これは、デスク・トップ・ミュージックのことです。新たな趣味を探してる方には、ほんと、おすすめです。俺は楽器なんか全然できないし、音楽理論に至ってはちんぷんかんぷん。それでも、「ああ、これは俺の子」ってものが作れちゃうし、既製の曲よりもしっくり来るし。一番好きなのがドラムを入れること。ソフトによるけど便利なのだとペケっとやればキーボードの各鍵盤に、ドラム・セットが割当てられちゃうので、好きな音を好きなタイミングでツクツクドドンと叩けばいいわけで、ストレス解消にもなります。
 とこうして人様のお耳汚しをしてんだな。

 最近「例の掲示板」というのがスタートしました。このホームページもリンクしていますが・・・素晴らしい胡散臭さですね。誉めてるぞぉ・・たぶん。「例の」ってのは「件の」って感じで、つまり「問題の」ってことだろ。俺はこういうの刺激になるので好きです。自分とこのアンケートだけでも刺激にはなりますけど・・・。「ひとりよがりで、なにがいいたいのかわかりません。」て、しばしば書かれてはにやにやしてます。「だよなぁ・・」って。

 こういうレビューは、お客さんが何を見るか迷ってるときに参考になればベストなんですけど。エンペみたいな書き込み数は、そりゃ期待できないわけで、「サンプルが少ないときのアンケート結果」の怖さは常にあるんでしょうね。で、もちろん辛評と誹謗の線引きはできないし、ってのは、どちらも表現の根底に怒りがあるから・・・・。好きな劇団がだらけたことしてたときに怒りをもとに何か書いたのと、好きでも嫌いでもない劇団がつまらないことしてたときに怒って何か書いたのと、読んだだけで区別をつけることはできないですからね。匿名の限界ははっきりそこにあります。誰なのかがわかればどう捉えればいいかわかるんです。人間ですから。好評と贔屓の違いも同様で。

 まあ、人間の世界ではないですよね、ネットって。だって、むかついたときに誰を殴りに行ったらいいかわからなかったりするでしょ。相手がわかっても、ほら、すぐに殴ったり引っ掻いたりできないから、日が経ってから殺さなきゃなんないわけでしょ。

 手紙だって信用しない俺。俺は基本姿勢として相手が即座に反撃できるか、「知らん」と言って場をハケるかできなきゃコミュニケーションではないと思います。手紙や書き込みやメールは、圧倒的に届ける側に有利なシステムでしょ。善意も悪意も込め放題でしょ。で、システム上の制約で、受け取る方はとりあえず受け取ってしまうでしょ。何でだろう・・嫌な予感がすればするほど読んじゃうんだなあ。これが会話だったら「黙れば」って途中で言うのに。または何も言わずに関節極めるのに。
 「メールでしか言えないんで」って来ると、よっほど下らないことを思いついて、面と向かっては発表できないんだなって、俺は思うの。すると向こうは大真面目な相談を持ちかけてきていたりするわけで、俺はパニック。「バッカじゃねぇの」って返信打ってしまうわけです。で、相手はすごく傷つくらしいんですけどね。もおっ。知るかっ。それは、「会ってしか言えないこと」じゃないのかっ。と、四十歳は考えるんです。
 だから、四十歳は平気なんですよねぇ、「やめて欲しい、今すぐ芝居をやめて欲しい」って書かれても。

 コミュニケーションではない、っていうこと。ネットや、アンケート上の文章・・ごめんなさい、カタコンベのお客様、今、俺が書きたいことをしっかり書くためには、どうしても、こういう文になります・・・が、自分と人が同じ空気を吸ったり吐いたりしてやり取りされている言葉ではないことは、すごく、重要で、忘れてはいけないことだと思います。ことに匿名となれば、自分のことが書かれているようでいてそうではない、「面と向かってこういうことを言う人がいる可能性の世界」が書かれている、それを書いた人は今のところ、ネット上またはアンケート用紙の上にしか存在していない・・・・と、知っているべきです。敵でも味方でもあり得ないんです。あえて名付ければ前他人様体です。会って話すと、褒め言葉もけなし言葉も全然違う形になるんだと、知っているべきです。んんんん、言い回しが教条クセエ。
 四十歳は、こうなんです。ただね、若い人たちは、言っちゃうけど、こういうこと、よくわかってないでしょ。しかも、演劇なんかしてるなんだかあれなひとたちは、傷つきやすいしぃ・・・もおっ。おじさんも昔そうでした。今もちょっとそうです。もおっ。コミュニケーションって何だろうって考えてる人にコミュニケーションのセンスがあるわけがない。

 まあね、とにかく、若くて才能のある人がつぶれるのだけは、やでしょ。で、老婆心ながら申し上げてる。世の中には、相手の反撃が不可能なところからなんだか鋭い一撃を繰り出したい人は結構多いよね。俺がそうです。ハンドル握って外界から遮断されてるときだけやたら強気な人とかいるでしょ。俺がそうです。恥ずかしがり屋で、面と向かっては人を誉められない人も結構いる。俺は違う。おべっかが得意です。プロといって差し支えありません。ネットの中で本当に真剣に個人の批評言語を追求してる人だっている。俺とは無関係です。どちらにしても、こっちがそれで傷つく必要も有頂天になる必要もない。・・・・って・・・おじさん、ホントに、知ってるの。と思うの。カタコンベがアウェーで芝居をやってきた回数だけが根拠。俺が本拠地外で芝居をするのが好きなので、劇団員は大迷惑ですが・・・。
 「例の掲示板」みたいなものは刺激的だから俺は好き。観客と演劇家が両方得するためには、新潟の観劇演劇人口を考えると、特にやってる側はウェービング的なルーズな身ごなしで対処しなきゃ。しょせんネットなんだから、真っ正面で受け止めちゃだめなの・・・と、ネットの世界に発信。

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2004.7.6

 「・・・そこに、それは在ったとせよ」も、なんとか無事に終了しました。全ての舞台には始まりがあり終わりがある。ああそうだったと、また噛み締める。進歩しません。ご来場くださった皆様、本当にありがとうございました。
 本番日は舞台上の砂のデザインからスタート。仕事上がりで小屋に駆けつけ、箒と手で床をリセットしていくわけですが、ああ、素敵な作業だった。砂紋に気が入って役者としての自分もリセットされて・・・心が落ち着く。龍安寺に勤めたい。

 ていうか反則だよな。砂を撒くのは。今後どこかの劇団が砂を使いたいと言って来た時に「それはちょっと」と駄目出す資格を失いました。水は駄目!床をスーパー・フラット・フロアーにしてからは、水物使ってないですからね。水は駄目。納豆も駄目!そうだ、よし、飲食可能なものはとりあえず全部禁止だ。そうします。

 今回の芝居を、ある女子高生が、死後の世界としてとらえていて、最初面食らいましたが、待てよ、ほう、あの姉妹が演じる日常性とか現実性は、劇中の時空からかけ離れたものなのに、とてつもなくリアルで・・・「その異化作用は観客の心を揺さぶるぞ」と脚本ができもしないうちに劇団員に宣言したくらいで・・・

 ・・・「無いもののリアルさ」って、幽霊的ですよね。姉妹が演じたのは「死んだ世界。今は無い世界」・・・でも、そっち、幽霊の方がぐぐっとリアルになってくると、八人の登場人物の方が逆に幽霊じみてくる。ということなのだと思います。ちょい理論的にはややこしく妖しいんですが、そういうことだなあ。今回俺は初めから、劇中劇の効果を「砂漠の中にあり得ないものを、徹底して役者の感覚の中に存在させて観客の感覚をあっちこっちさせる効果」にしぼって、それで「鳩」「ムクドリ」「カワセミ」と、鳥をいっぱい出したりしてたので、その女子高生の感想が、作劇スタートの感覚にゆっくり届いてボディー・ブロー。

 そしてですね、あのテントが子宮のように思えてくるんです。死んだ者たちが、次に生まれる予行練習をしてるんです。「会社員になりたい。」「大きな水を見たい。」そしたら「生まれるのをやめよう。」というやつが現れた。他の人たちは「どっちでもいいじゃない。」って言う。

 俺がリーフレットに書いた「幸福であること」は、「どっちでもいいんだけど、ちょっと生まれる方に傾いた結果ここにこれは在る」ことの幸福です。だからね、俺はヒューマニストなんだってば。いや・・たぶん。

 エントの空調をリニューアル。客席エアコンのモーターを交換し、音を静かにしました。これで本番中も大概のシーンでエアコンが使えます。楽屋とロビーにも一台ずつ設置、どちらも業務用でパワーがあるので、見に来る人も演じる人も、快適極まりありません。ヒューマニストでしょ。

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2003.12.24

「みじんこ」公演が終わって三週間ほど経ちました。前回の「舞台は無機的な印象に作られて」もそうだったんだけど、勢いに任せられない分すっげ緊張する芝居で、しかも今回はデズッパ。作るべき感情の振幅は常に現在の自分の能力を超えてるし・・・初日で「このイッコ上だ」と思って、二回目で「そのまたイッコ上」が見えて、楽日は燃え尽きてしまう覚悟で舞台に上がったのだけど、刀も抜かずに不敵に立ち去るナニカの背中が花道の先に見えた気がして、悔しくて・・・なんか大変でした。

 ent.ができてからのカタコンベは、以前のカタコンベとは別のものになりました。箱を建てたことで、「そこで何をやるか」っつう意識が芽生えました。くくればそんな。たとえば俺の意識の変化。俺は以前、自分の輪郭から、外に向けて強烈に何かを発信したがるガキ・・・つまりジコチュウで人に認められたいだけの駄々っ子・・・だったんだけど、箱を作っちゃうと、今度はその箱のどこにどんな風に自我を配置してみようかと、あら不思議、少し大人になっちゃって。

 装置も演技も衣装も音楽もチラシも稽古スタイルも、こんなに変わっていいのって、ホント、真面目な人は、一貫性の無さに激怒するんじゃないかってぐらい、変わった。・・・変わった。で、俺は今、自分の心ん中のぞいて「もうちょっと変わってくんだろうな」って感触があるから、きっとすごく変わるんだろうな、今後も。すごく。

 住吉・赤坂時代からずっと見続けてくれているお客さんの目には、この変化はどんなふうに映っているんだろう。「おめえ、変わんねえじゃん」て言われたら、古い友達みたいで、それもうれしい。でも、ent.からの俺たちを見てない人が、たとえば住吉で見た印象でカタコンベを語ってるのを耳にしたら・・・切ないんだろうなあ。その人が「どうせ、あそこはさあ」なんて言ったら、駆け寄って軽く蹴るんだろうな。さっき大人だって言っといて。

 すごい芝居が作りたい・・・。これは十五年前からそう思ってます。「面白かったあ」って言われればスゲうれしいし、「感動したあ」って言われると天にも昇る気持ちになるんだけど、「すごかったあ」が一番うれしい。舞台・音楽・文学・絵画・・・ジャンルは問わず、自分がガガググガと心を動かされた時は、心の深い場所から大量の二酸化炭素とともに「すげえぇぇ」って音が出るんです。これは「知らなかったけど分かった」とか「やられた」とか「あ。変質させられた」っていう意味がこもってんじゃないかな。

 硬い話が続いたので、柔らかく、豆腐のことなど少々・・・と、柔らかく。今年はにがりが流行って・・・あ、マジで豆腐の話に行ってます、よろしく。おかげで豆腐の作れる豆乳が何種類もスーパーに並んで、はははは、豆腐を作りまくりでしたわ。去年から劇団員のヨッPの影響でちょっといい豆腐を購入する習慣がスタートしてたんです。いいっても、140円のおぼろ豆腐とかそんなで、贅沢とも呼べないような夜食の冒険。稽古から帰って一息ついて、晩酌のお供に。うまい豆腐を食す幸せを知った俺に世界が反応して、にがり・豆乳ブーム。あああ、豆腐との関係が一歩前進。前から気にはなってたんだけど。蒸し器で作るのが一番。レンジは・・・どうもだめ。ベシャっとする。湯せんはごわっとする。で、蒸すのが好み。できたてを熱々でいただきます。もぅ甘くてぷるにょろで、何もつけずにパクパク行っちゃいます。できたやつを水に沈めて「にがり抜き」をすると微妙にマイルドに・・・でも、ほとんどの場合これは無理にやらなくても大丈夫。にがりだけ舐めるとマジにがいけど、豆腐にして暖かいうちに食べるんなら、ほとんど気にならない。かんたん・おいしいとはこのこと。

 他に、今年はまった食べ物は・・・ささみ、いくら・・とかだな。ささみはさっとボイルして、たたいた梅で・・・ボイルは「湯引き?」ってくらいでいい。ナマにナマに。二三本はススッといけちゃう。特に筋トレをしっかりやってる時期には・・・ああああ、うめえ・・・舌に味が湧いて来た。梅は安物不可。鶏はももとかも美味いけど、ささみは別物だなあ。南部鶏・日向鶏、津軽鶏・・・それぞれ微妙に味わいが違って、それも楽しい。

 いくらは、四回つけ込みました。秋になってはらこが出始めてからは、二週置きにやってたな。プチプチ感とか毎回微妙に違って、なんか楽しいんですわ。超贅沢いくら丼が食べ放題パラダイス祭開催。仕込む時に、温湯中で卵塊をほぐすのも、慣れればアレです。生臭い蒸気を嗅ぎながら、えへへへ、ぬめりりめりぬ、へへ、みにょりりむじじりょむ。快。

 もう一つ、はまらんとしつつあるのが、くんせい。小型の薫製機・・・スモーク・マシーンて言うと、舞台で使うあれみたいでアレだな・・・を購入しまして、それで作ったあれやこれが実に美味い。しかし、くんせいについては、もう少しあれやこれや試してからお話ししたいと思います。今日は、一週間漬けて乾燥させたベーコンを燻じようかと、企んでいます・・・くけけけ。





2003.6.19

「舞台は無機的な印象に作られて」も、皆様のお陰を持ちましてきわめて無事に終了いたしました。ご来場下さった方々、本当にありがとうございました。

 つまらない。おもしろい。地味だ。過激だ。何が反戦だ。みじけえよ。打ち上げのつまみはこれだけ?あさまが店じまい。ピアス見えてた。寝た。

 やいやいや、すごいんです。種々様々なご意見ご感想を聞かせていただいておるわけで、いえ、いつもそうなんです、旗揚げ以来。見る人のコンディションによっても、ずいぶん変わるみたいで・・・。でも、今回はとりわけ・・・様々。<BR>
 なんというか、書いて演出した本人からして、日によって・・・。二日目と三日目は、音のオペをしてたんですが、卓から舞台を見ながら二日目はダメでした。「これ俺の趣味じゃねぇな。」って、マジで思いかけた・・・ひでえ話だなコレ。ところが三日目はすごく面白くて、一個しか無い音のきっかけはずしかけた。
 なんというか、ナマな芝居でした。
 なんというか、やるぶんには、すっげえ、スリル。気持ち良かった。チキン・レース系のスリル?こういうの好きだな。

 反米・反戦。あ、これ、芝居とは直接関係ないんですが、パンフにも、はっきり書きました。「反米」とは書かなかったけど。昔からアメリカが嫌い。アメリカのサブカルチャーには好きなものもあるけど、アメリカの政治と心理の構造がすごく嫌いで、サブカルチャー系のアーティストが、ヒッピー的な自由を金や地位と引き換えにポイっと放棄して、ボスになりたがるのも嫌だし、アメリカのサブカルチャーに若い頃どっぷり浸かった日本人の多くが、なぜかアメリカのカルチャーまで肯定してるのも不思議キモイ。「お前、それ好きなら、道踏み外せよ」って、俺マジで色んな人に対して思ったことある。「それに対してイッカゴン持ってるような顔して、夢は年金生活?趣味豊かに暮らしたってこと?ふーん」

 もう最初に「嫌い」ってのがあるな。ははは、少女のようだ。根拠?言えばあるけど、それよりなにより「嫌い」なの。って。
 こうだから、こないだの戦争は、「アメリカの経済を長期的な計画で立て直し、ついでにアメリカの歴史を肯定し直すための戦争」としか思えない。あと、戦争支持者は、「戦争が必要な理由」を口にしたり、「反戦の理由」を求めたりするけれど、反戦者は理由じゃなく生活感覚で、「ここが戦場で、自分が銃を持っていて、目の前に銃を持った敵国兵がいたとしても、自分は引き金を引かない生き方と死に方をしよう。」と思うだけ。・・・基本的にバカみたいなんだ。しょうがねえなあ。・・・戦争支持者と話すと必ずバカ扱いされるんだけど、それもしかたないかな。

 日本に住む多くの戦争主義者は、「生き方」として戦争を肯定している・・・ように感じるなあ。「生き方」だし「殺し方」だよなあ。「敵が攻めて来たら戦うしか無いだろう」ってのは、「生き方と殺し方」の感覚でしょ。あまりに経済的だと、思う。俺は思う。無駄がなさすぎ。

 こんな風に考えて生きて来て、戦争の時期にあの芝居になったわけです。。
 


2003.05.05 


 新作「舞台は無機的な印象に作られて」の中に、蕎麦の話が出てきます。ネタばらしとまでは行かないので、芝居を見る前でも安心して読んで下さい。

 蕎麦なんです。ぃやいやいや、蕎麦が好きで。子供の頃から、ほんと、小学校時代から蕎麦が好きで。初めは駅蕎麦。美味い駅蕎麦ってのがあります。スナックとしての蕎麦と言いますか・・・。小学生の頃に食べた長岡駅の蕎麦が何だか美味くて、暫くは機会があれば駅蕎麦とか立ち食い蕎麦とか食べるようになって、おやつとしての蕎麦を追求してたんですな・・・・。実は緑のたぬきも微妙に好きでした。・・今も好き。
 やがて年を経て本格的な蕎麦へと興味は移り、今では「蕎麦にはちょっとうるさい男」になってしまいました。「みどたぬ」が好きなくせに。

 じゃ、まあ、話の流れからいって、仕方がないので、美味いお店を紹介!!・・・うん。ほんとは紹介したいだけ。  まずは佐渡の・・・おおっ、ツッコミ。激しいツッコミ・・・「いきなり海の向こうかよっ。」・・・ああっ、佐渡からツッコミ・・・「外国みたいに言うなよっ。」

七右衛門。・・・小木町の港からちょっと上ると風雨に馴染んだ渋い看板。島内産の蕎麦粉を使った二八のぶっかけ蕎麦。一本の長さが五、六センチ。多分、あごだし。店員にきいたら「なんか、こんな魚。」って・・説明?してくれました。ワイルドな田舎蕎麦風の味と歯ごたえで、少し甘めのつゆが、短い蕎麦達の遊び場。唐辛子が生きます。

 山風。・・・最初に食べた時にどうも不思議で、「つなぎは?」ときくと、「使ってないんです。」「ひょえーっ。」・・・なめらかつるつる、でも小麦の味がしない。乾くスピードが物凄いので、急いで食べましょう。でも味わって食べましょう。たれなしで全部食べてもいいくらい。とにかく、蕎麦の美味さを毎度再確認させてくれる店です。白山神社の前です。新蕎麦極上。俺は食べ始めてから終わるまで、ずっとニタニタしています。

 あが家。・・・阿賀野川のほとり。ここでもニタニタしています。蕎麦八・五に小麦が一・五だそうで、ということは、「外二」・・・蕎麦十に小麦二・・・に近い割合。北海道産の蕎麦なので、うれしいことに九月末に新蕎麦が・・・。おすすめは、もりかとろろ。ここはロケーションもすごくて、阿賀野川の景色と蕎麦を同時に楽しめます。川の上を鷺が優雅に飛び交っています。それを見ながら頭の中は「んめえ、んめえ」のリフレインでニタニタ。ニタニタ。 お願いを一つ。バカみたいに余計なお願いを一つ。美味い蕎麦とテンプラはいっしょに食べないで。全くの私見だけど、テンプラの油が口に入っちゃうと、蕎麦の味は一割くらいしか感じられなくなるの。「蕎麦だけじゃ足りない・・・。」という人は、ぜひとろろを。これなら相性ばっちりよーん。

 ま、世の中には、テンプラ無しでは食えない蕎麦もありますが・・・。
 ほらねーっ、うるさいでしょ。絶対に俺を蕎麦屋に誘っちゃだめ。嫌な気分になること受け合い。誘われた時だけついて来てね。
 そして・・・先日ついに、死ぬかも知れないくらい不味い蕎麦を・・食べました。ぼそぼそして、しかもぬるぬるして、粉っぽくて。何がいけないんだろう。まあ、スーパーに売ってる蕎麦粉じゃなあ・・・。ん、そう、自分で打ったの。ありゃだめだわ。
 

2002.11.23 

 いやいや、さてさて。「街シリーズ」も残すところあと一本。春には思っていた。「今年に終わりはあるのか?」予定はありすぎるほどあるが、先が見えない不安。生きることと憔悴することの差が明確さを失っていた日々。そんななかで、なおかつギラギラ興奮しながら舞台を作り続けてきたカタコンベ。誰も儲からず、いや、激しく出費するだけで、回収のメドもなく、ひょっとしたらその意志も薄く、青春か!?この刹那的な、消費的、いや浪費的な、そしてブレーキのきかないゲンチャ的情熱は大人になる真際の一瞬の奔流。俺は二十二才か。ジャンボは二十四才か。あいつが俺より年上だ。来年は、大人でいよう。大人しくしていよう。大人になろう。なれたらね。なれたらね。

 永年貯蔵されていた沢庵を仕留めました。はげしく。鋭角的に。
ent.から発掘された、その樽を処理する任務に当ったのは俺とジャンボと小澤。
何から話せばいいんだろう。・・・昔、沢庵和尚が出家したばかりの時に、彼を苛めにいじめ抜いた男が小澤本院坊、それにこびへつらう二人の下衆、舞台はそんなふうにして始まったわけだが、便宜をはかって少しだけ時代を下るとしよう。こないだすごいもんを開けちゃったわけよ。中庭で樽を逆さにしても出て来ないから、ジャンボが底の部分にバールのようなもので一撃をくらわせたところ、ぷっちんプリン的にボバッて、中身が落ちたんだけどさ、俺達三人とも初めは何が起きたかわかんなかったね。まわりの色が変わった気がして、一瞬後に感覚の80%が嗅覚になってた。タイトル「ザ ニオイ」テーマ音楽「オクラホマ・ミキサー」

 三人の男達は・・・・笑い始めた。そして、ちょっと顔をしかめて、久々に味わうマジな吐き気を愛おしむ暇もなく・・・・再び笑い始めた。笑い止まなかった。
 小澤が、勇者さながら、そのすごいやつをビニール袋に移す作業に入った。笑いながら。
 ジャンボが、小澤を向こうに残したまま、ニオイに満たされた中庭と建物を仕切るドアを閉めた。笑いながら。
 俺はそれを見ながら、「ヤクソクといえば、この展開で、そりゃそうなんだけど、ジャンボってある意味・・かなり鬼? 」と思った。笑いながら。
 小澤が野生化して、ドアに体当たりを始めた。・・・もう笑わずに。
 ・・・中に入りたければ・・・ノブを回すべきだった。が、野獣がそこに気付くことはなかった。

 本当に、いや、君が信じなくても、これは本当なんだ。人間は、限度を超えた匂いに曝された時、笑う。腹式で気持ちを込めて笑う。

 しばらくしてドアを開けたら、新しい小澤がいた。
 

2002.09.12 建設について

 シアターent.柿落とし公演に御来場いただきまして誠にありがとうございました。
てことで、今回はいかにして俺達が大工になったか、または、いかに大工的であるか、そのへんの事情をお伝えします。

 久し振りに書いてるけど、これはだな、書きたくなったから書いてるだけで、別に周囲の重圧によって書かされてるわけでは、ええい、うるさい、寄るな、俺の行きたい場所へ行かせろーっ。風に呼ばれてんだーっ。目ぇ瞑って逆立ちしてたって北がどっちかくらいわかるんだ。だから、ああっ、俺を・・・失礼、もう大丈夫、今この瞬間に立ち直りました。

 原因は壁。厚さ2ミリのトタンの壁。百分の一スケールで劇場の模型を作るってんなら、まあそんなかな。でも作ってんのはモノホンよ。模型じゃないのよ。「モノホン」て、最初の変換で「藻の本」になったよ。マニア向けだね。図が多め。

 虎がガアーッって口開けてるのを建築現場で見るでしょ。・・・見るって。あれが石膏ボード。なんと石膏でできてるボードだから、基本的に壁になるわけです。ちょっと柔らかめの岩を一間半間のサイズに切り出した感じ。一間ていうのは、フック船長が両手を広げたときの、人さし指と人さし指の間の距離。大工か芝居人しか使わない魅惑の単位。その板を三枚重ねると、もう普通には音が漏れない壁になるんだけど、自分で立っててくれないから下地作り。アルミ材を縦横に組んで、溶接しちゃったね、バイソン小沢が。石膏ボードをサイズに切って、インパクト・ドライバーでビス打ち。これを当たり前のことのようにしている劇団はどっか変。

 いろんな場所に罠っぽく鉄骨が張り出していて、よく頭をぶつけるんだけど、痛がってたのは初めだけ。段々慣れてくるね。慣れてぶつけなくなるんじゃなくて、痛くても気にしなくなってくる。痛くなくなるわけでもなくて、ゴカッとやっても表情を変えずに「いて」と呟くだけで作業の手を止めない。血が出たかも知れない時だけちょっと触ってみる。奴隷だ。何かの奴隷だ。

 俺は他に色々抱えてて、そんなに作業に参加できた方じゃないけど、それでも変な筋肉が付いた気がする。バランス崩れたし、細かい筋肉の一つひとつにまで破壊衝動が潜んでる。建設はほどほどにね。バイソンは住み込みでやってたから、すっかり大工。脚立の上、両手で材を押さえて空いた手でインパクト打ち。願い続ければ体だって変わってくる。あいつは良く言ってた。「腕がもう一本欲しい。」だけどそろそろ役者やヒトに戻ろう。

 有機溶剤で作業をすると、疲れが和らぐ。午前中の段階で「きょ、今日はもうだめだぁ。」と思ってたのに、装置塗ったら夜までいけた。溶剤使ってから、軽い脱力に至るまでの時間がどんどん短くなるのが愉快だった。ヒトに戻ろう。

 夏はすぐそこまで来ている。  

2002.04.07 ゲームと漫才

 劇団カタコンベ・ゲーム大会のレポートは・・・次回大会から!?
 やっぱりさぁ、ちゃんとさぁ、まえもってね、記録係とか決めとこうよっつう話だな。今回は内輪だけのプレ・イベントだったということにして、えっと、次は豪華ゲスト陣多数参加、超時代的遊戯会を催しちゃったりして、そん時こそ、完璧なレポートをアップします。もしかして楽しみにして待ってた三、四人の人、許して。
 ゲームは性格が出ますね。ルーレットの時とか、俺は計画性が無い上に破滅を好む傾向が強いので破産か大勝ちかどっちかだし・・・今回は破産・・・、一方で上位を狙うでもなく長生きする人がいたり、ちゃんと考えながら確実にチップを増やす人がいたり。ルーレットの優勝はジャンボ佐々木。写真があるはず。ベガスで幸運に恵まれたケンタッキー出身のジャンボ風味。
 他に何やったっけ。坊主めくり、オセロ、立体四目、等。等はゲームの名前じゃないよ。オセロと立体四目はハードに頭脳を使うので、この二種目のトーナメントを同時に行ってはいけないということが、今回判明しました。二十代の若い脳味噌なら大丈夫だろうけど、俺にはもう無理。自慢じゃないけど、全然自慢じゃないけど、頭脳系のゲームは俺は得意なわけ、自慢じゃないけど。でも、オセロの一回戦に勝って立体四目の一・二回戦をこなして、なんてことをしながら、これまた俺同様に疲労の色を隠せない額に縦縞ジャンボをねじふせてオセロで優勝したあたりでバグ。楽勝のはずだった立体四目の決勝戦では太郎相手に数十秒で敗戦。ものを考える力が残高ゼロ、もしくはマイナスっていう状態に到達していました。ヨダレとかたらしてたかも。

 昨日ですね、カタコンベの稽古場の大家さんが代表を勤める「七福会」という魚釣りの同好会の十五周年記念パーティーがありまして・・・いつも、新年会、忘年会、バーベキュー大会と、何かあるごとにカタコンベからも数名出席させてもらってるんですが・・・今回はその席上、俺とジャンボで漫才をやることになってしまいまして・・・って、ジャンボが「やりましょうよ」ってなんか張り切ったからで・・・二回の稽古で本番を迎えました。
 ベルナールの洋間、大きな丸テーブルが6つ、天井からシャンデリア、平均年齢60歳くらいの紳士(おっさん風味)淑女(おかあちゃん風味)が盛装して50人、ボーイたちは料理や飲み物の出し入れに余念なく、目の前のテーブルには県会議員と市会議員。
 なぜ漫才・・・なぜそこで漫才・・・なぜそのとき漫才・・・。
 いやぁ、楽しかった。なんか、すっごく、場違いだった。または間違いだった。そこそこ受けもしたけど、こちらを振り向く勇気の出ない背中とか超目に入るし、その気持ちも痛いほど理解できるし。勉強だなぁ。最近俺、逆境とか好きだ。

2001.06.17 仙台

 仙台でマージナル・シアター・シリーズという演劇祭に参加してきました。6/2・3の二回公演。新潟と同じ演目「この街では君の顔が見つめ過ぎた文字のようにワケノワカラナイモノニナル」・・お気に入りのタイトル。最近は「タイトルが長い。」と言われることが減ってきたのも、お気に入り。しかし、来年あたり、最長のタイトルで人々を辟易とさせたい。

 りゅーとぴあスタBもそう広い会場じゃないけれど、仙台のOCT/PASS STUDIOは見事にカタコンベ・サイズ。懐かしの「住吉会館」を彷彿とさせる空間でした。住吉会館というのは89年から92年まで使っていた初代アトリエ。知っている人は少ないと思うけどカタコンベのスタート地点と言っていい場所。OCT/PASS STUDIOは完璧にからだに馴染みました。客席との距離感も、俺はあれがいい。他の役者は知らない。俺はあれがいい。

 芝居のできは・・・どうだったかなぁ・・・。新潟から仙台へ二週間。二週間分のグレード・アップはできてなかったな。役者に余裕があり過ぎた。演出と舞台監督は確かに痩せ細っていたけど、その疲労と引き替えに得たものは・・・終わってみれば案外小さかった気が、する。なんというか、自分の力の無さなんだ、これは。ま、次はもっと行きますよ。

 反省は反省として、久し振りの外公演。楽しんで来ました。仙台が好きになりました。でも、牛タンはもういいかな。今度行くときは魚介類を攻めます。ホヤとカキ。

 稽古場の大掃除・・・完了!!

 信じられないくらいのゴミが・・・マジで、旅公演一回分の荷物に匹敵するくらいのゴミがでましたね。ワケノワカラナイゴミもいっぱい。世間は広いのでどんなガラクタももしかしたら欲しがる人がいないでもなかろうが、カタコンベのガラクタはきっとそのレベルを越えていると思った。

 リニューアルした稽古場は驚きの広さ。なんと、バイソン用に装置制作室が新設されました。

2001.04.09 なまこんべ

 Sunny Side「なまこんべ」無事終了。

色々大変だったけど、勉強になったなあ。一番大変だっ たのは風邪。換気の悪いアトリエに狂暴なウイルスが居座って、順繰りにカタコンベとNAMARAのメンバーを食い 尽くしていく感じでしたね。

俺も本番二週間前にすごいのにやられて、今やっとけば もう大丈夫、さすがは風邪引きのプロフェッショナル、タイミングが素人と違う、とか考えてたら直前にまた
やられて死ぬかと思った。

多分ウイルスのルーツは、渡邊亮子だな。渡邊がバイト 先のセブン・イレブンから運んで来たにちがいない。
きっとそうだ。それが俺に伝染って、ネタつけてるうち にみんなに広がって、ボボ・金子の体内で変異して新型になったところで、また俺に還ってきたんだな。
金子君は悪い奴だ。

 いやー、遊んだ。かねてから企画だけはあった 「全裸マン」を実現できて幸せ。NAMARAが参加してくれたおかげで、ああいう大きめのバカをやっちゃおうって いうパワーがチャージされたんだろうな。カタコンベだけなら多分やんなかったかな。これは90パ 以上を暗闇でやっちゃうコントで、かなりバカ。稽古は数回。勢い勢い。いつかまたパート2。

 あと「鉄拳」ね。「鉄拳について考えて来ました。」
っていうパロディー。これはたまたまアトリエで稽古に 参加してた謎の女子高生マイ子のキャラを生かしたくて考えたネタ。
うーん、不思議。時空がいい感じに歪んで、不思議。 あれを一生懸命練習して、台詞も完璧に入れてきたマイ子は4月から島根。残念。

 「ヒッキー・ニオムラのショート・コント」は完成度がやや低かった・・・のは、ニオムラの経験が少なくてヘタクソだったから。ヒッキーは俺が我がままに出すネタをどんどんこなしてくれました。彼は基本的に肉体派、というか、体が頭いい。ニオムラもヘタながらガッツを見せてくれたな。普通は女の子にあれはさせない。絶対面白くならないから。「誰かショート・コントやらない?」って場に振ったらヒッキーが「俺とニオムラさんでやります。」って言うから、まあ、試しにやってもらってそのうちボツだな、と冷酷なことを企んでたのに、本番迎えたもんなぁ。軽く感動。

 ピッコロ・タンバリンの「NO.1ホスト」・・・コントとしてのまとまりは一番。それもそっか、本当のコンビだもんな。二人とも空気が読めてて、安定感がある。ライターを差し出すアクションのターンでマジよろけしていた清野君。コミカルな仕草を、イヤミ無くこなす丸山君。どちらも客席を味方につけてしまうのがスピーディー。

 「だめなんじゃー」・・・は、メタ・コント・・かな、たぶん。稽古しすぎると狙う雰囲気からはずれてしまうし、稽古しないと余りにバラバラ。うまいことやっちゃだめ。ただヘタなだけでもだめ。カタコンベとNAMARAの絡みぐあいに関して言えば、何か微妙に絶妙だった。ヤング・キャベツのなんぐ君、祝詞の森下君・中田君、今回やや出番少なかったけど、ポイントを押さえた芝居が光ってた。さんま軍団みたいになっちゃうと平面的でつまんないな、とか考えてました。
・・・お客さん、困ってた?

 「鳥のいる教室」は、担任の教師がインコ。二人の校長が、時間差でやってくる。など、教室コントとしてはややシュール。そして、インドからの転校生。
・・・こうして書いてみるとメチャクチャ。きぬがさ大活躍。初挑戦、コント中コント。金子君、味出すぎ、ダシ出すぎ。

 そしてスペシャル・ゲストとしてNAC(新潟アクション・クラブ)が参加。普段はイベント会場などで、ヒーロー・ショーをしてますが、今回はかぶりもの無しのアクション・ショー「チャーレイズ・エンジェル」・・・あの狭い会場でトンボ切りまくり。ただし最終日のみ。金土のお客様はまたの機会にどうぞ。

 次回も「なまこんべ」になるか、カタコンベ単独でいくかは未定ですが、Sunny Sideは不滅。お楽しみに。  可能性としてはNAMARAライブにカタコンベのメンバーが・・・てなこともあります。

2000.11.20 ボリス・ヴィアン

 「悪衣の天使」クリスマス・バージョンの中に一冊の本に関するエピソードをちらっと登場させたんですが、ちょっとその話。

 ボリス・ヴィアンというフランスの小説家、御存知でしょうか。

 数はたいして読んでないんですが、好きなんですよ。俺が特に好きなのは「心臓抜き」と・・・「悪衣の天使」に出てくるやつ。「心臓抜き」はタイトルとはかけはなれたシュール・リリックな話。 ヒジョーにぶっ飛んでる小説。仏語の段階でおそらくメチャクチャなのが日本語に翻訳されて余計わけわかんなくなってるから、「意味」で本を読むタイプの人にはオススメできません。・・・けど、音楽でも聞く感じで、ハイに入れてくと、からだがブルブルふるえちゃうような本。

 えーっと、ちょっと調べます・・・・・あ、はいはいはい、「早川書房/ボリス・ヴィアン全集」で読めます。・・・って、見たら全13巻だって。そんなに出てたとは。うおっ、俺、そのうち8冊読んでる・・いや、読んでるはず。読んだことしか覚えてない。

ものごとを記憶しない傾向が極めて強い俺だけど、これはぁ。

 ・・・面白くないのは・・面白くないかも・・いゃ・・・

 たぶん・・・文字物のなかではかなり特殊なとこまで、その人のその時の気分でon/offが起こる種類のイメージ・・・。一般に、物語は「言語の壁をかなり越えます。」が・・・彼のは・・・ああ、月並な結論、「詩です。」たぶん、原語じゃなきゃダメなんだろうなぁ。

 フランス語の勉強を、今、この歳で始めることは可能なのでしょうか。やる気ないけど。でも、ま、いっか、日本語でも面白いのは面白いんだし。

 でもなぁ・・・紀伊国屋に行くと常に何冊かのボリス・ヴィアンがあるのが、結構不思議。読む人いるんだぁ・・変なの。

 えー、「悪衣の天使」の稽古が始まっております。若手の奮闘に期待。古株も頑張らなくては。人生是即舞台、終わりなき挑戦、行方知れぬ旅、寄る辺なき身?・・・若手にちょっと芝居させてみて思ったこと・・・・「うおおおっ、こいつらっ、普通の人々だぁっ!」ふふふ、御心配無く。幕が開く頃には、カタコンベの人々になってます。かわいそうに。

2000.09.20 3・2・1バンジー

 さてと・・・ずいぶんサボってしまいました。お久し振りのポエポエ日記です。

 今回は「第一回 劇団カタコンベ バンジー・ジャンプ大会」の報告です。

 去る9月15日、山形県朝日村月山へのブリッジ・バンジー・ドライブに参加したメンバーは、カタコンベからは俺とジャンボ佐々木、赤塚すいか、佐藤Q、コバヤス、増井晶子、と、このあたりは最初っから飛ぶ気満々のおばかさんたち。他にカタコンベからは、飛ばないけど見にきたチャーリー、もしかしたら飛ぶかもしれない松尾佳恵の8人。他にもこのドライブには、まあ、なんというか、巻き込まれ型の参加者がいて、元カタコンベのタマ(故あって半角)、五十嵐劇場が送り込んできた刺客・クニタマ、おばかさんたちの行状を新潟全体に語り伝える役を担ってクルマに乗り込んだ点心舞台の岡本ちくわ・・の3人で、合計11人のドライブは朝8時の出発。曽我が参加していないので時間通りに出発。 

 西日本では多くの人々が大雨に苦しんでいるにもかかわらず、我らの進む道は真夏のような太陽が照りつけ、笹川流れに鼠ヶ関、温海温泉と、見える景色も申し分なく、皆口々に「あっちぇー」「きれぇー」「青いねー」「腹減ったー」・・ 頭悪そう。そのくらいの好天気。道の駅で、ジャンボが直径25センチはあろうかというカニせんべいを買って、それが何枚も集団の中に行き渡ってからは、バカっぽさ絶頂。

 コバヤスは、右手にアイス、左手にカニせんを持って、真直ぐにではないが、運転できる。

 タマ(半角)は旦那共々ちょー走り屋で、リミッターを外したクルマに乗っているくせに、ヒトの運転ではすぐ酔って、何度も休憩をせがむ。

 松尾は、なんだか、すごく、寝る。

 クニタマは、人の話を最後まで聞かない。忠告・・「反応を焦るな。」

 佐藤Q、・・・いた?

 バンジー・ジャンプは午前一回、午後二回の受け付け。我らが飛ぶのは午後の一回目で12時半集合。十分な余裕を持って40分前に到着したのはいいけれど、微妙なのが腹具合。飛ぶ前に食べるのは気が引ける。でしょ。

 しかし、これからやろうとすることは言ってみればかなりハードなスポーツに類することなんだからそれをエネルギー補給無しで行ってもよいものかどうかといっても万が一落ちたショックでああいうことになってしまってはと思うと・・・食べれにゃーい。

 「早く飛んで飯食おう。」と、A・WATERMELONが言う。・・・それはそうだけど・・そうなんだけど・・・・・何か違う気がしたので・・・相槌が曖昧になってしまった。

 飛び順は、大体のところグループ毎にくくってくれるので、どっかから来ていた体格のいいお兄さんたち御一行が飛んだ後で・・・我らの番。34メートルのダイブを何本か見ていると、もう空腹は忘れてます。

 美しい渓谷に架かる白い吊り橋の真ん中から見下ろす川面の遠さ。それに右側の岩がこっちに張り出し過ぎてるし・・・こっから飛んだら、きっと当たるし・・・当たったら、きっと痛いし・・・なーんか、やな感じ。っつうか、高えよ。

 と、去年も思った。

 今年も思ってる。

 俺はさぁ、これ、二回目なわけじゃん。なのにさぁ、あれぇ・・・例年並みに怖えじゃん。ていうか、ほら、この後、あそこ、プラット・ホームと呼ばれる場所に立つじゃん。そうすっと、たしか、あんなに怖えじゃん。その怖さを思い出しちゃってるから、怖さが・・・・フライングしてっじゃん。やべぇ・・・

 と、橋の上で飛び順を待つ俺。俺の前に赤塚。その前がジャンボ。その前が我がグループのトップ・ジャンパー・・タマ(半角)・・・が呼ばれて、プラット・ホーム横の椅子でコードを・・・って、あのゴムのこと・・・を足に着けられてます。

 ところで、この着け方が結構簡単。マジック・テープで ジャッ、ジャッと足首にくくりつけるだけ・・・じゃないんだろうけど、素人目にはそんな感じ。怖い。

 もう片方の椅子にジャンボ。プラット・ホームは二つ並んでいて、交互に使う仕組。

 タマ(半角)の番。さあ行け。みんなで応援してるぞ。5、4、3、2、1、バンジー・・・

 「ああ、だめ、行けなぁーい。」

 じゃなくて、行け。5、4、3、2、1、バンジー・・・

 「だめですぅ。」

 じゃない、行け。5、4、3、2、1、バンジー・・・

 行け。5、4、3、2、1、バンジー・・・行けよ。5、4、3、2、1、バンジー・・・

 ・・・・・面白いよ。そう、そう、たまにはゴネる人もいるべき、いるべき。あ、横のジャンボが少しずつ蒼ざめていく。そりゃそう。あんな場所で長く待たされた日にゃ。5、4、3、2、1、バンジー・・・5、4、3、2、1、バンジー・・・・・5、4、3、2、1、バンジー・・・・・・・

 さて、次で最後だと言い渡されました。5、4、3、2、1、バンジー・・・

 「もう一回チャンスを下さい。」

 まじかよ。あ、ジャンボの顔から生物らしさが消えてる。5、4、3、2、1、バンジー・・・・・

 「次は行けると思うんです。」

 ジャンボが何か言いかけたようにみえた。5、4、3、2、1、バンジー・・・・・

 「次はきっと。」

 ジャンボ、ノー・リアクション。5、4、3、2、1、バンジー・・・・・

 「今度こそ。」

 ジャンボ、炭化。

 信じられないほどの粘りを見せて、彼女はついに・・・「もうやめましょう。」と言われ、それを受け入れた。半角決定。


 ジャンボは偉かったと思います。その後、一回のカウント・ダウンで落ちて行きました。黒くぼそぼそになった姿で・・・

 次の赤塚も、時間の無いサラリーマンが回転寿司の店に飛び込むように視界から消えた。順調、順調。

 俺の番。俺ってば、興奮体質だから、楽しいことはめちゃくちゃ楽しいし、怖いことはめちゃくちゃ怖い・・・んだけど、タマ(半角)に待たされてるうちに、とても静かな心境にたどり着いてしまって、秋なんだよなー、とか考えながらプラット・ホームに立つと、やっぱちょーこうぇー。うわー、右の岩出てるし。5、4、3、2、1、バンジー。今年の目標は「落ちる」のではなく「飛ぶ」こと。顔を上げて、胸をそらして、飛べた、より高く、より美しく、無重力の世界、いて。10日くらい前から悪くしていた首が・・・「あ、私、これ以降、可動部分じゃなくなりますんで、はい、じゃ。」って、ちょっと待ってよ、あ。

 順調、順調。

 松尾は結局飛んで、しかも、あとできいたら「怖くなかった。」らしいし。ま、あれだけ寝ればね。

 増井晶子は劇団で唯一のダンサーなので、陸上でも空中でも完璧な姿勢を保っています。今度、水に沈めて様子を見てみたいと思います。

 クニタマもきれいに行ってた。かっこよかった。でも、宙吊りになったまま自ら拍手して爆笑するのは、いかがなものか。

 佐藤Qは、ビヨーンと弾みで戻るときに、あれほど注意されていたにもかかわらず、コードを掴んで・・・後で岡本ちくわが言ったように、まさしくそれは、「さらばだ、明智君。」巨大な風船で逃亡をはかる怪人。他のみんながそうしているように、逆さまになればいいのに、って思った。

 コバヤス・・・受け付けの段階からずーっとニヤニヤしていてほとんど口をきかない。話しかけると余計ニヤニヤするから、なんかキモい。こいつダメかも、とか思ってたら背面からの大ジャンプ。いきいきしてたよ。かがやいてたよ。バンジーよりもおまえがこわいよ。

 カメラマン役に徹していたチャーリーは、受け付けの時に試しに誘ったら、真っ白に血の気の引いた汗まみれの掌を見せてくれた。君どころか、まだ誰も飛んじゃいないのに。はえーよ。しかし彼は、次回の「猿ヶ峡60メートル大会」への参加を決意したらしい。

 岡本ちくわは、血の気だけではなく、立ち位置も引いていた。見てるだけなのに、なんか顔とか、最初は普通に蒼ざめてたんだけど、そのうち緑っぽくなって、どんどん我々から離れて背景の山に溶けこんで・・・いいなぁ、保護色使えて。

 てな感じで、バンジー大会は無事終了。帰りにタマ(半角)のガイドで寄った温泉が最高。それで首が治るわけもなかったけど、普段と違うタイプの汗を洗い流せてスッキリ。ああ、コンチクショー、俺の首。クニタマ、温泉でスニーカー紛失。ジャンボがクルマに雪駄を積んでてヨカッタね。

 どこかで俺を見かけたら、気軽に声をかけてね。からだ全体で振り向くから。

2000.07.04 夏が来て

 小学生の頃の愛読書「どらえもん」「ブラック・ジャック」・・って、いきなりマンガなんだけど、実は俺、かなりマンガが嫌いだったので、これくらいしか腰入れて読んでないかも。・・・・あとは・・・ジョージ秋山の「残酷ベビー」「アシュラ」、永井豪「網走一家」とか好きでした。・・・でもでも、とにかく嫌いなマンガが多くて多くて、「漫画雑誌を自分のお小遣いで買う」なんてことはありえませんでした。

 しかしです、出るたび買ってたのは「ピーナツ・シリーズ」・・・って、わかるのかなぁ。知ってます?・・?・・4・5年生の頃、月に一冊ペースで出てたんで、必ず買っては30回くらい読んでました。同じのを。繰り返し。「人はそれぞれ価値観が違うこと」、とかぁ、「わなびー」感覚とかぁ、学びました。あの犬は「獰猛な禿げ鷲」や「自動車のエンブレム」にわなびってました。

 びっくりして下さい。その頃は、少年誌に日野日出志がよく載ってました。

 これがなきゃ生きて行けなかったのが「子供の科学」

 この本今も続いてますね。素晴しい科学雑誌です。小学校の中学年になったら、この雑誌を通じて宇宙の把え方を学ぶべきです。「初歩のラジオ」ってのもあったな。こっちは小学生には難しすぎたけど、分かるとこだけ読んでると、それなりに興奮しました。

 おっ、思い出した。電鍵にブザー付けて、モールス信号練習機を作ったことがある。5

年生の時だ。電鍵て、わかんないよね。「トン・ツー」の押す部分。あとね、ゲルマニウム・ラジオからFEN・・・三沢に住んでたから・・・気持ちよかったぁ、まじ。「たいやき君」じゃないわけよ。

 その頃一緒にラジオとか作ってた友達の家で、夏のとっても暑い日、そいつの家の庭で飼い犬も一緒にホースで水かけあって、超ハイんなったもんだから屋根のぼって、二階にかぶさってた木の枝を折り取って、その枝で体に模様をつけてた。原始人気分で・・・って何のことだか分かんないと思うけど、ほら、蚊に刺された時とか爪で掻くと跡が残るでしょ、白っぽく。それを爪じゃなくて木の枝でやったの・・なんか面白くて。かなり馬鹿っぽいんだけど、目の廻りに白く筋を描いて「めがね」とか・・「額に3本線」とか・・「ほら、これ、俺のイニシャル」とか・・

 そしたら、その木が、うるしだった。

 友達も俺も、3日くらい学校休んだ。かぶれるわ、熱は出るわ。

 で、俺の手の甲には今でもイニシャルがうっすらと。ふん、あの夏が残ってる。それで俺今でも馬鹿なのか。

 今年も夏が来ました。

2000.05.13 流木ゲット

 第37回公演「あなたは影で描いたあなたは影で描いた」が、いよいよ一週間後に迫ってますね。・・・他人事のように言ってみました。気が楽になるかと思って。・・無駄でした。

 昨日、海に行ってきました。この時期に、やっぱノンキじゃん、て?そういんじゃなく、舞台装置に使うための流木をゲットせんがために、メジャーとノコギリ持って、つまり、海に働きに行ったわけなのです。欲しい流木はかなり大きいやつなので、俺のKeiに積むためには2メートル20センチ以内のパーツに分解しなきゃなんないから、メジャーとノコギリ。

  快晴。初夏の日本海。べた凪。ちょっと沖で作業船が古いテトラ・ポットを撤去してる以外には、動くものも見当たらず、ポツン、ポツンと日向ぼっこの人影。さざ波。たまにカモメ。

 目を付けといた見事な巨大流木の横にも若者一人、膝を抱えて暗い顔。青春か。

 気にせず、その目の前で鞘からノコギリを取り出して、俺は、ギコギコを開始した。

 ちょっと一声掛けるにも静かすぎて気がひける午後のせいで、ノコギリ男は出現と同時に無言で流木を切り刻み出すことになってしまったのです。この時期としては異例の暑さで、あっというまに汗まみれ。おまけに潮風でアレルギーを起こす体質のため、顔も腕もまだらに赤みを帯びて、インスタントな異形の者。流木は芯に海水を含んで切りずらいから、眉間に不機嫌なシワ・・・

 一分後に若者は、流木の次は自分だと思ったのか、なるべく背中を見せないようにして去っていきました。

 彼が自殺を考えていたなら、自分の中の生きたい気持ちに気付かせてあげた俺は命の恩人です。

 3分後に、ちょっと離れた波打ち際の岩の上で本を読んでいた人も、俺を迂回して陸へ帰って行ったけど、あのまま岩の上にいたら、穏やかだった海が一変、高波が彼を海底へ引きずり込んだはず。それが海の怖さ。やはり人助け。あー、いいことした。

 切り刻まれた流木は、アトリエで組み立てられ、チャーミングなオブジェに生まれ変わりました。

 そのうち「海辺で憩う幸福そうな人々をチェーンソーで襲う日本海のジェイソン」の噂を聞いたら、俺だと思ってください。

2000.04.08 簡単な芝居

 問題は、芝居っつうものが、余りにも簡単に作れちまうってことなんです。

 これといった才能を持たない人が、「芝居だったらできるかも」で始めて、できちゃうのが芝居。大昔の言葉で「でもしか教師」っての、ありました。「大学出たけど、勤め先がない。しょうがないから教師デモするかぁ、教師シカないよなぁ。」・・という具合。

 「でもしか芝居」も、たくさんあります。「だったら芝居」もね。

 「芝居でもしようか」「芝居しかできないな」「芝居だったらやれそう」

 消去法で芝居を選んでる奴は、日本海沿いの砂浜に深く埋ずめてヨコエビ類の餌にしろって、昨日、国会で決まりました。

 総合芸術である、と、芝居は言われます。よね。

 確かに芝居は、脚本・役者・装置・音・光・時間・・・無数の要素から成り立っていて、そのひとつひとつの要素は更に細分化できそうです。

 だから芝居は難しいのか、だから芝居は簡単なのか、そこが重要なのよね。

 総合芸術というからにゃ、つまり、甲100と乙100で、「げ、200だよ事件」を起こそうぜ、ということなんだよな、がんばろ。とか、思ってると、脚本15、役者20、装置20、音効15、照明20で、「合わせて90!!」・・・って、マジで喜んでる集団に出会います。容易く出会います。頻繁に出会います。ちょい賢い中3にも書けそうな脚本。テンション以外に演じる術を知らない役者。突然始まる下手糞なダンス。・・・で、何故か1500円とか取るし。

 やっぱり、芝居ほどクルクルパーに優しい表現形式はない気いする。

 例えば楽器とかだったら、よっぽどじゃないと舞台で披露しようって気にはならないと思うんだけど、芝居だと・・やっちゃえるみたい。トランペットでドレミ吹いて1500円。両手で「猫踏んじゃった」弾いて1500円。

 なんなんざんしょ、この気楽さは。我々演劇人につきものの、この気楽さは。

 ひとつには、「役者」というものの存在が癖ものです。「役者」は人間がやる場合が多いので、「人間の面白さ」を利用することが前提になってます。「顔に味がある」とか「顔に味がついている」とか「声に説得力がある」とか「おばかさんだ」とか「色っぽい」とか「毛深い」とか「動きが奇妙」とか「何かありそう」とか「具合悪そう」とか「悩みなさそう」とか。

 道歩いてても、時々、「この人このまま舞台に上げても絵ができちゃうな」っつう人を目にします。「人間の基本的面白さ」が、たっぷり出ている人ですね。でも、その人に1500円払いませんよね。どんなに面白くても、基本的だからです。もしあなたが、人権を購入したんだとしたら、路上の面白い人に1500円払ってもかまいませんけど。

 舞台なんかなくても人間は基本的に面白いんだから、ちょっとした状況といくつかのセリフ、メイクに衣装、ライトが当たって音楽が流れて・・と、お膳立てが整ってくれば、かなり魅力のない役者も「面白そう」に見えてくるし、そこそこ面白いこともできるわな、そりゃ。

 でも、よく考えてみると、人間が面白いのは当たり前なんだから、それを舞台に上げても、そのまんまじゃ「お友達に見てもらいたい面白い自分や仲間たち」でしかないんだけどね。誰が脚本書いて、誰が演じても、「人間の基本的面白さ」は勝手に出るんだから、それだけで「面白いでしょ、はい、1500円」は絶対だめ。宴会で何かやって場を沸かしても、ギャラは発生しないのと同じです。

 面白い芝居は誰にでも作れるし、そこまでは才能とかも関係ないな。だって、そんなのは時間で作れるじゃん。何か月稽古しました、とか、徹夜で書きました、とか。つまり、製造であって、創造ではないわけね。

 特に脚本書いたり演出したりする人間は、この辺りをシビアに把握したいもんです。自戒しきりにゃり。

2000.03.08 Slow Sand

「Slow Sand」も無事終了。今回は駒場アゴラ劇場とカタコンベ・アトリエの二ヶ所での上演。かなりコアな中味の芝居であるのにもかかわらず、お客様はしっかりと舞台の流れに乗って楽しんでくれていたようで、いつものことながら感謝、感心、感動。有難いことです。

 実を言うとこの「Slow Sand」は再再演。3度目なのです。再演というのは面白い作業で、前と同じじゃつまんないけど、テキストが同じなんだからそんなに違うこともできない、という狭ぁい範囲でじたばたしてるうちに本番が来ます。演出家が変われば大胆な解釈も可能なんだろうけど、自分で書いた本を自分で演出してる場合は、そうそういい加減なことはしたくないわけです。えっ、そうですよ。「大胆な演出」と「いい加減な演出」は元来同じものです。誤解の無いように付け加えておくと、芝居の発想はいい加減なくらいが面白いと思います。俺も年をとって、大分いい加減になっては来ているんですが、まだまだ自分の枠に囚われがちで、いい加減になりきれてないんですね。それに、いい加減になりきりたくないんですね。自分が大事で。たまに誰かに演出して欲しくなるのはそのせいだと思います。

 「Slow Sand」は3回とも全く同じ台本で上演しました。書換は一切無しです。書き換える必要を感じなかったからで、決して手抜きではありません。比べて、今世紀末に再演する「悪衣の天使」は大幅改訂することが決まっています。「悪衣の天使」も3度目の上演ですが、毎回書き換えることになります。「Slow Sand」も「悪衣の天使」も俺にとって非常に大切な芝居なのですが、前者は俺の中の固定された部分を、後者は流動的な部分を表わしているかのようで、何だか不思議です。

 しかし、テキストを書き換えなくても芝居は変わるものです。今回は田中という役が違う役者になって、そこからバランス的な変化が生まれてきました。俺は主役を演りましたが、脇役の・・とは言ってもとても重要な役なのですが・・田中が変わると、主役も変わる。舞台上の関係性というのは、つくづくリアルなんだと再認識。ホントに面白い。

 何故だ。今回、アトリエの暗転が完全暗転だった・・・

 普段はオペの手元灯りとかで、そんなに暗くはならないんです。なのに今回は暗かった。海のシーンで花道っつうか客席に出て、暗転後に袖にハケようとして、90度くらい体の向きを変えたら方向が分からなくなってしまって、最前列のお客様をガコッと蹴っとばしました。BBSでは田中を演じた曽我のせいにしておきましたが、あれは・・・曽我の仕業です。曽我に蹴られた気の毒なお客様、申し訳ありませんでした。

2000.02.04 遺伝子戦略

 全ての生物は、その種を保存するための様々な手段を、進化の過程で身につけてきた。現在この地球上に存在している生物はどれも、存在しているだけの理由を持っていると言ってもよい。生き延びて来たからには、何かしらの技があるのだ。逆に技を持っていない生物や技の足りなかった生物は、いつしか絶滅し、化石としてすら残っていないこともある。DNAは何十億年もの間自己複製のための試行錯誤を繰り返し、無数に分岐した道の中のほんのわずかのものだけが現在に到達し、生物として存在を許されている。

 それはいわばDNAと環境の戦いでもあるわけだが、人間というわがままな生物が幅を利かせるようになってからは、戦いのルールに大きな変更を加えざるを得なくなってきたようである。端的に言えば、人間の手によって、DNA進化が追い付けない速度で環境が変えられてしまうため、簡単に「絶滅」が起きてしまうということだ。4人目がタコだったときのマージャンのようだ。場が荒れて、大発生や大絶滅が頻繁に起こるようになってくるのだ。ゲームにコクがなくなり、出来事と出来事の間の繋がりがいい加減になり、時間感覚が刹那的で、大局的な次元でモノが流れなくなってくる。・・・人間が地球相手にやろうとしているゲームに、果たしてコクのかけらでも含まれているだろうか。

 さて、遺伝子の戦略には実に様々なパターンがある。魚類の多くは一回の産卵数を莫大にして生き残りを賭ける。逆に哺乳動物などでは、少ない子供を確実に育てる場合が多い。また、個の保存のためには、擬態をしてみたり、毒を持ってみたり、やはりここにも色々な戦略が使われている。蘭の花に擬態するカマキリなどは有名であるが、中には有毒のハコフグに模様を似せているカワハギなど、手間の掛かる方法を選んだ生物も少なくはない。フグの毒は、その有効性について、今だにこれといった明確な答えが出ていない。すなわち、フグを食べるまではその捕食生物はフグの毒を知らない筈だし、知ったときには死が待っている筈である。また、フグを食べた捕食生物が死ねば、フグを食べる個体が一つだけ地球から減るわけだが、それが種の保全にもたらす効果はあまりにも小さい。それに、その捕食生物はおそらくフグ以外の魚も食べるのであろうから、この場合、フグがフグ以外の魚を守っていることになる。にもかかわらずフグに擬態する魚がいることは事実である。

 このように、生命が持っている戦略は非常にデリケートで入り組んでおり、未解明の部分が多いのだが、ここに、かなり特殊といえる戦略で、その遺伝子地図を日々拡大している生物がいる。ゴールデン・ハムスターという。この小型哺乳動物の原産地は中東シリアの砂漠地帯であり、現在我々が目にするゴールデン・ハムスターは全て、1930年に捕獲された一頭のメスとその子供12頭の子孫である。しかも実際には、飼育下での繁殖は12頭の子供のうちの3頭だけが生き延びた時点から始まっているので、アダムとイブともう一人で出発したことになる。通常は3個体のみで遺伝子集団を形成できる生物は稀であるが、ゴールデン・ハムスターの場合は、初めの飼育者に恵まれていたと言うことができる。初めの飼育者とは、ロンドン動物学協会である。彼等は新しい家畜を見つけ出すことを第一の目的としていた。おそらくはその情熱とゴールデン・ハムスターの特殊な戦略とが相俟って、今日の大繁栄に繋がったのではないだろうか。

 シリアの砂漠に生息していた3頭の個体からスタートして、今ではその子孫が世界のあらゆる国で旺盛に繁殖しているわけであるが、では、具体的に彼等は何によってそこまで個体数を増加し、生息範囲を拡大することが可能であったのだろう。「繁殖力」だけ見ればゴールデン・ハムスターのそれはかなり強いが、もっと強い生物は他にいくらでもみつかる。やはり、第一の戦略は「かわいさ」だと考えられる。つまり「かわいさ」によって人間に寄生している状態なのだ。なぜ寄生かというと、犬や牛・豚といった共生的家畜と違い、ゴールデン・ハムスターにははっきりした有用性が認められないからである。「飼っていると心がなごむ。」とか「一人暮しでも辛くない。」というのは、いかにも曖昧な、消極的な有用性であるとしかいえない。客観的に見れば、人間は、彼等の「かわいさ」に支配され、その勢力拡大・遺伝子地図の拡大のために利用されているだけである。

 イギリスのある地方では、産業革命以後、工場が排出する煤煙によって街全体が黒ずみ、それに合わせて蛾の一種が、それまで白かった羽の色を急速に濃い褐色へと変化させた。工業暗化と呼ばれ、短時間で起こる自然淘汰の好例である。ゴールデン・ハムスターもまた、生物の限界に近いと思われる速度で体毛の色・長さ・模様を変えつつあるが、これはむろん自然淘汰ではない。では人工改良かといえば、それも違う。ゴールデン・ハムスターは、その姿を確実に「かわいく」変えている。つまり、人間を利用して自らに改良を加え、結果として更に人間を支配しやすい立場を獲得していると考えた方が納得がいく。生物の生存のための戦略という側面から見る限り、ゴールデン・ハムスターと人間の関係に於いては、あくまでもゴールデン・ハムスターが主で、人間が従なのではないだろうか。

 このように、生命と生命は複雑に作用し合って進化の木を昇っていくのだ。人間が進化の頂点に立っているなどということは、決してありえない。もしも人間が、とても頂点に近い所にいたとしても、その上にゴールデン・ハムスターがいるということを忘れてはならない。

2000.01.14 年末年始

 BBSにも書きましたが、僕は1999年から2000年にかけて、映画館でフランスのレオス・カラックスという監督の映画を見ていました。31日の21時過ぎから「ポーラX」。それが終わって新年のカウント・ダウン。そして「ポンヌフの恋人」。本当は次の「汚れた血」まで見たかったのですが、31日に脚本を一本書き上げたために超寝不足。で、「汚れた血」は断念しました。

 二本とも非常に面白かったです。「ポーラX」は前半テンポがゆっくりで、寝不足者は数回気を失いかけたのですが、中盤からは力強いイメージ展開で絵が走って、主人公の転落ぶりの激しさについつい引き込まれ、見終わった感触を一言で表わすと・・「きもちいい」ってな感じ。近親相姦と同性愛的三角関係と病的な下降志向のドラマ、なのに、「きもちいい」・・・パゾリーニ監督の「テオレマ」を、少し思い出しました。

 「ポンヌフの恋人」は、とことん激しい映画です。マドモワゼル自暴自棄とムッシュ自己喪失が恋の他に何もないので恋をして、破滅寸前のところでちょっと回復して、最も曖昧な未来へ捨て身で旅立ちます。・・・・・すげー説明。ま、分からないと思いますが、映画の内容を知りたい人は映画をみましょう。ま、ともかく、ストーリーと絵作りと音楽が観る者の背骨を鷲掴みにしてくれます。「きもちいい」

 この二本なんかそうですが、面白い映画の中でも特に面白い映画は、映画を再発明していると、思うことがあります。既にある映画という媒体を利用しつつ、映画を新たに作り出す、と言って理解してもらえるでしょうか。おっ、これは、「エイガ」かもしれないって、思うわけです。

 いわゆる実験映画とか、実験演劇というものにはあまり「きもちいい」感触を与えてもらった記憶が無いのですが、自然なスタンスで概念超えをしちゃってるヤツは何だか好きです。

 てな年末年始。

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